犬小屋の猫
雪が降る頃になると思い出す猫がいる
ずいぶん前の、冬の初まりの頃のことだ。
朝、いつものようにダイニングの掃き出し窓を開けると、何か右下に動きがある。縁先に置いた使わなくなった犬小屋から、ひょいっと顔を出すものがいた。
なに? え、猫?
顔が、、、南方の鳥のような、オウムとかオオハシ鳥のように見えた。異形だ。
離れた丸い小さな目が見上げている。
黒白ブチ猫のようだが、額のあたりに大きな赤い固まりがあった。
交通事故にあったのか? 血は流れていないようで、時間が経った状態かもしれない。
動けているので、エサを小屋の前に置くと中から顔を出して食べた。体の動きはおかしくない。
どうしようか。
まず医者に見せて、と
この猫を探している人がいなかったら、治ったら里親探しかな
大人の雌っぽいからお腹に子供はいないかしら、、避妊手術とワクチンと、、
今思うとまあ落ち着けというところだ。
近隣で保護猫の活動をしているグループの会長に電話で相談してみる。
すると私の行っているクリニックを、高いとか非協力的と非難して隣町の医者を勧めてくれた。
そちらは、保護猫の避妊手術など割り引いてくれるようなありがたいお医者さんだと言う。
いつも行っている所は、数年前に開業したばかりの30代の若い先生で、明るくてよく説明してくださって悪い人ではない。この地でこれから根付いて欲しいと内心応援している。
そういえば先生、猫ボランティアの人のことを前にちょっとこぼしてたっけ、、このグループだったのか。
確かに、このボロイ猫を持っていくのにはキレイすぎる雰囲気(今なら信頼関係もでき平気だと思うけど)。紹介先のクリニックにいってみることにした。
隣町でも車で行けばそうかからなかった。古めの戸建ての病院だったので年配の先生を思い浮かべたら、40代と思しきキビキビした先生だった。
汚い猫にじっくり触れ、抱き上げ、頭の匂いを嗅ぎ、、これは癌だろうと言われる。
余命あと一月か、、一週間もないかもしれないと。
避妊手術のことを最初に聞いておいたので、雌で手術したあとはないようだけれど、手術はもう必要ない、ワクチン接種も無駄だ、とはっきりと言う先生。
それなのに、顔の前まで抱き上げた猫を覗き込むようにして「お前はいい猫だ。いい猫だ。いい猫だな」と暖かい声で何度も言ったのだ。
持ち込んだ私にとってさえ見知らぬ猫なのに。泣けてきそうだった。
本当にいい先生だ、、
うちの先生、負けてるかも、、。開業早々から応援中なので乗り換えないけどね。
抗生剤の注射をして頂いて帰ってきた。
検査をせず、伝染性の病気の有無がわからないので、ウチの猫たちと離さなければならない。
悩んだが、外の猫小屋に落ち着いているのでそのまま飼うことにした。いなくなったらそれまで。
元の飼い主は探さないで。多分捨てられたのではないかと思うし。
小屋の中に、ブランケットやクッションなど重ねて出来るだけ風が入らないようにして、小さい湯たんぽや使い捨てカイロを入れてやって、これでゴメンねと思う。
元から住んでいるように小屋に入って寝ている。
毎朝、掃き出し窓を開けると、ひょこっと顔だけ出して餌を食べ、天気がいいと日の当たる場所に移動して日向ぼっこしている。
太陽の方へ長く首を伸ばしてじっとしている姿は、静かで光を受け瞑想しているようで印象的だった。
1週、2週、、1ヶ月経ってもそのまま。
ガンちゃん、とはいつの間にか着けた名前。 癌のガンちゃんで、簡単でひどいと思うが響きは良いと思う。
毎朝見上げてくる丸い小さな目が、可愛く見えてきた。
ガンちゃんは今日も元気に日向ぼっこだね、なんて言いながら、ずっと生きられるんじゃないだろうか、と思う。
そして約2ヶ月。
シーズン最初の雪が夜のうちに降り、そう深くはないが一面、真っ白。空は快晴。
ガンちゃんは、軒下の雪のない場所を見つけて日向ぼっこしている。
午後になってガンちゃんがいないなと気がつき、玄関側から外を見ると、家の前の神社の境内にある集会所周りのコンクリートの角にいるのが見えた。
コンクリの上に、もう雪はなく乾いて日が当たっている。
いつものように首を陽に伸ばして座っている姿が微笑ましく、私はそのまま家に戻った。
それきり、ガンちゃんを見ることはなかった。
真っ白な雪と澄んだ光の中の姿を、最後に私の中に残して、消えてしまった。
飼い主に見つけてもらえたのなら良いのだが。
ピカソ猫だったけど、元はきっと可愛らしい姿の猫だったろう。 慎ましやかで人懐こく、うちを見つけるくらいお利口で。
ガンちゃんは本当にいい猫だったよ。
ありがとう、ガンちゃん。
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