考えひとつ、感情ひとつを大切にすること。

こんにちは。
みさとんです🐷

東京は肌で涼しさを感じられる季節になってきました。

最近、発見したことをありのままに書いてみたいと思います。

みなさんは、人と一緒に仕事をしたり、共同作業をするときに、『自分ばっかり頑張ってる感じがする!』って思ったことはありますか?

私ね、最近まさに『自分ばっかりー!』って感じでした。

周りがみんな敵にみえる。
誰も味方がいない。
孤独な中でもがき頑張る
でも周りの方が楽しそうで
楽してそうで

1人で溺れかけてる自分がとても惨めに感じた。

周りへの怒り、憤り、
自分への情けなさ、不甲斐なさ、
その時は言葉にもならずひたすら怒りで震える。

でも、nTechからみると
相手も自分も実在しない(実在する=普遍的に存在し続ける)から

私の怒りも何かの条件が重なって出てきているんだということに気づく。

幼少期を振り返り見つめてみる。

 私にはひとつ上の姉がいて、母が姉を優しく抱く姿に、耐え難い苦痛を覚えた。

なぜ選択される人とされない人がいるの?

なぜ私は選択されないの?
悲しくて訳がわからなかった。

それだけじゃない。
本当は怒りたかった。
それは母に対しての怨念のような感情だった。

何であなたが生んだのに、選ばないなんてありえない。

あなたが生んだのに、なんで私が選ばれない存在にならないといけないの?

あなたが生んだのに、あなたの選択で私はこんなに不幸になった。

私が不幸なのは全部あなたのせい。
死んでも恨んやる。
不幸になってお前のやったことがどれだけ
罪深いことがわからせてやる。

お前のために不幸になる。

そう決断している幼少期の私も出会った時に、
とどまることのない怨念と怒りで頭痛がした。

人が人を殺す時、こういう感じなのかなっておもった。

怒りを押し殺して、無かったことにして、
誰からも選択されるような人間を目指す。

私の精神は幼少期にとっくに死んでいる。

周りに合わせて、迷惑かけないように、選択されない自分にならないように必死で生きてきた。

自分の存在そのものが選択されないののなら、相手に合わせるしか方法がなかった。

自分から出てくる考えや感情なんて排除する。
あったら選択されず、孤独で惨めで、存在しているのにしていない恐怖感に押しつぶされそうになる。

こわったよね。
生まれてきたことを恨んでる。

人間として生きてきた35年間、本当によくここまでこれたなと思ったのでした。

一つ一つの考えも感情も愛したいな。

このブログは備忘録用📝

読んでくれた皆様、ありがとうございました😊


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