網走の夜@北海道徘徊記④
「あれはね、北海道の歴史だから」
初老の女性は、小さく云った。
ビール730円。
「そうですね。でも刑務所の博物館は割りかし人が来てましたけど、この辺は観光客もぜんぜん見ないですね。店も結構閉まってますし。流氷が終わっちゃったからですか?」
網走流氷観光の名物、砕氷船は数日前に終わったばかり。繁華街と聞いてきた商店街は閑古鳥が鳴いていた。宿で割引券付きのチラシをもらったが、そもそも空いている店を見つけるのが大変だ。
「前からよ。もうね、大変。最悪なのよ。こんなひどいのは初めて」
駅前にはルートインやドーミーインはじめ大型ホテルもちらほらある。が、こういうお母さんが一人でやっている地元の定食屋みたいなのはキツいんだろうか。
「はーそうですか。なんかスナックビルも2、3軒ありましたけど、あれやってるんですか? 袖看板にはたくさん店ありますけど」
「やってるわけないよ。1/4くらいよ、やってるのなんて。看板は消せないだけで、あとは閉めてるか、やめちゃったかよね。ビルだって、オーナーは東京だし。売っぱらっちゃったのよね」
寿司屋2,3軒、居酒屋数軒、なぜか焼肉or中華&海鮮が数軒。あとはカラオケスナック。前夜のように地元の人と話したいと思った私は、定食とラーメンを掲げる、いかにも観光客が寄り付かなさそうなこの店に入った。
扉を開けると、店内は薄暗く、奥の小上がりで老女がKENTを吸いながら、今川焼きを食べていた。一瞬、家かと見紛った。
「でも、この辺だとラーメン屋なんて珍しいから、呑んだ後のシメに来る人とかいそうですね」
「ラーメンって薄利多売でしょ。だから誰もやんないのよ。それにうちは地元の人は全然こないから。台湾とかインドネシアとか、あとは観光客か出張の人が多いわね」
2月に来たという台湾の女の子から届いたエアーメールを見せてくれた。日本語で書いてある。ほーすごい。
しかし、ずっと景気の悪い話ばかりだ。何か食べよう。
「何かお刺身ってありますか? あと鳥の唐揚げも。ザンギっていうんですよね」
厳密には微妙に違いがあるようだが、一般的に北海道では鶏の唐揚げをそう呼ぶみたいだ。
「あれはね、釧路が発祥なのよね」
淡々と小麦粉を用意するところからはじめるお母さん。
先に刺身が出てきた。イカとクジラとエビだ。
「わ、クジラ久々です。あ、美味しいですねー」
「ここは調査捕鯨してるからね。でも南氷洋のクジラよ。うちのイカは美味しいから」
ちょっと凍っているが、イカも美味しい。
エビもでかい。さすが北海道だ。
徐々にお母さんの口も滑らかになってくる。
もともと看護師さんだったそうだ。その後、「殺し以外なら何でもやったわよ」という風に、トラックの運ちゃんやったり、もちろんコックをやったりといった半生を語ってくれた。
話しの辻褄はよくわからなかったが、人生経験は半端ない。だから、こう話しも続くのだろう。
ただ、ちょっと気になったのが壁にかかっているメニューが微妙に高いのだ。
とり串が850円もする。みそチャーシューなんて1480円だ。
びびってたら、唐揚げが出てきた。
「お口に合うかしら」
薄いきつね色。
「あ、薄味で美味しいです」
子供の頃に家で食べた唐揚げみたい。お酒と一緒だとちょっとパンチが物足りないかもしれない。
なんとなく、胸がいっぱいになり、1時間ほどで辞することにする。
「はい、3700円」
ぬぷっしゅ!と発しそうになるのをこらえて、何とか平静を装う。
ビール1本、お通し、唐揚げ、刺身で、3700円か……。
しかも、持ち金が20円足りない。
「あ、あの、3680円しかなくて」
「いいわよ。2000円の宿に泊まっている貧乏ライターさんだしね」
今日の宿は昨日よりさらに安いのだ。
「ありがとうございます!!」
と頭を下げつつ、ちょっと店のチョイスを後悔した。
でも、思い直した。
お母さんはもう70歳を過ぎ。客単価をこうでもしないともうこの街ではやっていけないのかもしれない。
店の玄関まで見送ってくれたお母さん。
「うちは一見さんはほとんどいないから、また来てよね!」
雪のちらつく網走の夜は、気温以上に寒かった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?