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名店に、名大将あり@丸千葉(南千住)

あの『大林』が休業したという。

以前はあの界隈にもちょこちょこ呑みに訪れていたが、引っ越して距離も遠くなり、だいぶご無沙汰になっていた。

噂は確かなのか。百聞は一見にしかずだ。

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南千住駅は、JR常磐線・東京メトロ日比谷線・つくばエクスプレスが走っていて、案外、交通の便がいい。

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最近は高層マンションもできて、再開発が進んでいる。駅前はどこの駅とも変わらない雰囲気。  

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しかし、あしたのジョーで有名になった泪橋(なみだばし)辺りまでくると独特の雰囲気が漂いだす。

今はなき、山谷。

地図からその名は消されてしまったが、この辺りはかつて江戸の境界で、近くに小塚原刑場や遊女の投込み寺(浄閑寺)があったエリア。戦後は貧困者の逃げ場となり、職を探す者が集まる街へと変化していった。高度経済成長期を迎えると、肉体労働の需要も急増し、日雇い労働者の街として安宿も増えていった。

日雇い労働者の暮らしは劣悪で、また街には路上で覚せい剤の売人がうろついていたり、売血をしすぎて栄養失調で倒れこむ者がいたり、精神異常者が遺棄されたり。界隈を根城にする暴力団の闘争から暴動に発展することもしばしば。そうやって山谷のどこか暗く、怖いイメージが定着していった。

そして、いつしか、ドヤ街と呼ばれるようになった。

ドヤとは、宿(ヤド)の逆さ言葉で、「宿とも呼べないようなみすぼらしい安宿」のことを差別的に呼んだもの。  

外国人に簡単に説明するなら、ジャパニーズ・スラムか。

この日も、スーパー・まいばすけっとの真横で、初老の先輩たちが道端で転がりながら酒盛りをしていた。大声で喚いている方もいれば、そのまま倒れた自転車を枕にして寝ている方までいる。今日び、オリンピックを控える東京では、なかなかお目にかかれない光景だろう。

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とはいえ、ぼやっと歩いていたら身包み剥がされるようなことはない。若い女性だって、子供だって普通に歩いている。

概ね、長閑な下町の風景だ。

現在も宿屋は多く、最近では日雇い労働者に代わって、外国人バックパッカーが集まっている。さすがに今は見かけないが、そのうちまた戻ってくるだろう。

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そんなエリアに『大林』はある。

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やはり噂は本当だった。

カメラはもとより、私語すら禁止かというくらいピン!と張り詰めた店内。酒場を仕切るほとんど笑わないリアル丹下段平のような大将。

高倉健が出所後に真っ先に向かい、ビールを注いだグラスを両手で包み込みながら一口呑み、目をつぶり、「う、うめぇ」とこぼす。

大林は、そんなシーンが似合う味わい深い酒場だった。

店の中から、かちゃかちゃ音が聞こえてくる。閉店に向けた片付けでないことを祈りつつ、向かった先は、ここ。

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『丸千葉』

言わずと知れた、超人気店だ。

予約必須という触れ込みなので、これまで近くをかすめながらも訪れたことはなかった。

平日の口開け14時に向かえばあるいは、という期待を込めて、14時01分に飛び込んだ。


うっそ、もう満席?!

コの字カウンターはほぼ満席で、空いてる席にも「予約」のフダ。

「予約してないんですが、一人って無理ですか……」

びしょ濡れの小猿のように体を震わせながら訊ねると、

「うーんとね、うーんとー、どうしようかなー」

大将は、私の顔とカウンターを見比べながら、

「ここ、ここにしよう、ちょっと狭いけど、ね、ここ」

一人分の席を作ってくれた。


席につくと、「ゆっくり聞くから」と言い残して大将は先客の元へ忙しく注文を聞きにいってしまった。

ぼーっと待っていると、厨房から三角巾をかぶったオカンスタイルの小柄な女性が出てきて、「何にする?」と声をかけてくれた。

「あ、ビール、サッポロでお願いします」

「はい、ビールね」

冷蔵庫から取り出した赤星をグラスと一緒にカウンターに置くと、

「遠慮しないでね。どんどん注文して」と優しい笑顔を一言添えてくれた。

常連で埋まるカウンターで一人小さくなっていた小猿の私は、その一言で一気に緊張がほぐれた。


その後は、大将の独壇場だ。

ちょっとハスキーな声色が若い頃のビートたけしに似ていて、下町のイントネーションも相まって、テレビで偉そうに語る老政治家をつかまえて、「こいつが死にそうじゃねーかよ、目なんかこんな落ち窪んじゃってさ」とキレキレの毒舌も妙に雰囲気が出る。

と思えば、一人前ずつ頼もうとする私に、耳元で「好きなのどれでも二品盛りにも三品盛りにもできるからさ。その方が一人でもたくさん楽しめるでしょ」と気遣ってくれたりする。

その方式で、シメサバとマグロブツ、ハムカツとアジフライ、などなどをいただいた。


「顔馴染みになるまで大変だよ。ここはいつも一杯だからね」という泪橋に住む老夫婦。旦那さんは大病をして、聞くと結構深刻な状態なのだが、「この店で好きなだけ呑み食いしているせいか、まだまだ元気だよ」と豪快に笑う姿からは、そんな雰囲気は微塵も感じさせない。

やっぱり人間、我慢は最小限にしないと病んでしまうんだろう。

笑顔は最高の薬なんだなーと実感する。  

それもこれも、酒もつまみも、大将たちの人柄も、この酒場が最高だからだ。


ふっと目をあげ、店内を見回してみる。

テーブル席では、先日の埼玉スーパーアリーナにK1でも観にいってそうな若いお兄ちゃんたちが、ものすごい笑顔で呑んでいる。

その隣のテーブルでは、小さい娘さんが、お父さんと楽しそうに鍋をつまんでいる。

カウンターでは、ソロ客も入り混じって、笑い声が飛び交っている。

人々の笑顔がスローモーションになって、目に飛び込んでくる。

誰もが、今、この瞬間が、人生、最良の時と言わんばかりに。  

酔いのせいか、私は軽く感動してしまった。


にごり酒を呑みながら、「めちゃくちゃ楽しい酒場ですね」

と、その老夫婦にいうと、

「だろ、なあ。お、このお兄ちゃんに1杯あげてよ」と奢ってもらってしまった。  


大将が「この前さ、この前さ」と早口で語り出す。

「この前6人の予約がキャンセルになったんだよね。あー影響あるのかなって思ってたら、その6人のうちの2人が、予約してたその日にさ、来たんだよ」

「へー、やっぱり呑みたかったんですね」

「そうそう。でさ、その後、さらに2人、来てさ。6人キャンセルしたのに、結局そのうちの4人が集まっちゃったっていうね!」

もはや次元が違う展開だ。

世間には自粛ムードが蔓延している。

自粛はわかる。当然だ。指数関数的に増える感染者数はこの先どこまで増えるかわからない。けれど、このままじゃ個人商店は潰れてしまう。

「呑みに行くな!」と言うのなら、お肉券とかバカなこと言ってないで、営業補償してやれよと思う。そうしたら喜んで酒場も休むだろう。酒場にテレワークなどない。

あとトイレットペーパー買い占めてる奴、お前ケツ何個あんだよ!とも言いたくなる。

この酒場には買い占めをするような、さもしい輩はいない。

責任逃れのような中途半端な政治家の言葉で生殺しにされている酒場の苦しみをわかっている人たちばかり。

市井の人たちは支え合って生きているのだ。

「これが民意だよ」

という大将の言葉が酔いの回り始めた脳みそにぐっと響いた。

噂にたがわぬ、ものすごくいい酒場だった。

またくるぜ!

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