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ちょいちょい書くかもしれない日記(ワーカホリック)

父も母もなかなかの働き者で、そして不器用だった。
節税対策とか投資とか、いわゆる「お金を上手に増やすこと・減らさないこと」には一切興味がなかった。
そんなことを考える暇があったら手を動かせ。世の中のお役に少しでも立てる、誰かに必要とされる仕事を一生懸命にしなさい。
実直に働いていれば、食うに困らない程度のお金はついてくる。
両親ともに、いつもそう言っていた。
必ずしもそうでないことを、大人になった私は知っている。
親が不器用さゆえに、色んな形で損をするところを見てきた。
よく「本物の金持ちはケチ」だと言われるが、その「ケチ」は、財産を守るために彼らが行う莫大かつ地道な努力の、氷山の一角をチラ見しているだけなのだろう。
お金は大事。表立って大事にしていい。するべき。
でも、私もまた、不器用なのだ。
働くこと自体が好きで、お給金が二の次になってしまう。
それは決していいことではないので、これは搾取の域だなと判断したら、ド直球で言うようになった。
それで失った仕事も、それで給与が上がった仕事もある。
まあまあバランスは取れているし、失った仕事の分の時間は、他の仕事に回すので損にはならない。
そうやって仕事を整理して、本当に打ち込める仕事、本当に自分が必要とされている仕事だけを、これからはやっていきたいと思っている。
そして、自分自身のための、あるいは猫たちのための時間を、もっと豊かにしていきたい。
それは、「引退したら」という前置きで語られた両親の希望が、何一つ実現されないまま永遠に失われたことや、実家を整理していたら、後生大事にしまいこまれて、ついに使われずじまいだった物品が大量に出てきたことを踏まえて、しみじみ思ったことだ。

先日、施設の介護士さんから「ホワイトボードを用意してください。小さいのを。マーカーはたくさん必要です」と連絡があった。
「なんで?」と思ったら、母がとにかく、メモを取りたがるらしい。
日々のスケジュール(食事以外たいしてない)や、仕事の連絡事項(100%イマジナリー業務)、毎日の家計(お財布持ってない)といった細々したことを、施設のスタッフのホワイトボードを借りて、丹念に描き込んでいるそうだ。
母の頭の中では、相変わらず分刻みで忙しく動き回り、極小サイズでも会社を経営してスタッフに指示を出し、帰りにスーパーで買い物をして帰る日々が続いているのだな……と思うと、なんだか泣ける。
それで母がハッピーなのなら全然構わないのだが、本人は実際にはベッドにゴロゴロ横たわったまま、「忙しくて忙しくて目が回る。心が安まらない」と嘆くので、ただひたすら困惑する。
どうしてあげたらいいのかなあ。
でも、母の心は母のものなので、私がどうこうしようとするのはおこがましくもあるんだよなあ。悩む。


こんなご時世なのでお気遣いなく、気楽に楽しんでいってください。でも、もしいただけてしまった場合は、猫と私のおやつが増えます。