見出し画像

波打つ視線

ー僕は彼女を目の前にすると、視線をどうしたら良いのかわからなくなってしまう。


僕にとっての、特別。

僕たちは、世の中がまだ慌ただしい混乱と非現実的楽観の渦を流動させ始めた、今までにない初めての夏の時期に、出会った。


「肌が、正直なの。」

彼女は白く、触れたくなるほど柔らかそうな

僕が求める女性らしい肌の一つを持っていた。

ー肌が正直ー

この言葉が何を示しているのか理解しないまま、僕は彼女の頬に触れた。

日々の惨たらしい仕事人生の中で、ふと僕の前に現れた彼女は、僕の衝動を搔き立てた。

垂れた目じり

丸いフェイスライン

幼少期を彷彿とさせる、大きくなった蕾の様な、ふっくらとした唇

長たらしくない、ボブヘアー

黒目がちな瞳。


「美人さんやね。」

そう伝えて、外で会う約束を少々強引につけた。

その日の夜、会えるように。



僕の仕事は景気に左右されない。

いや、されないと言うよりは、増えるかベースが維持されるかの2パターンなのだ。そう、減ることがない。

忙しい日々。

仕事は僕にとって生きる術であり、また、自分が成長していける最も大切なフィールドでありツールであった。

その代わりと言ってはなんだが

毎日毎日、気難しいと言われる職場の上司と、足を引っ張ってくる鬱陶しい同僚達にまみれて

仕事が楽しいという感覚は、特にない。

自然にやってくる、仕事、仕事の毎日。

リフレッシュというか、発散というか

気分転換?

たまに、昔の女の子達(女の子というには年数が経ちすぎているかな。)に連絡をとり

都合よく、呼び出してみる。

何故だろう、彼女達はとても従順に僕の所へとやってくる。

そして、僕に尽くしてはまたその次の機会を待っている。

従順でいやらしい、僕のNo.達。


僕はプライドは人並みにある方だと自覚している。

俗に言う、ナルシストの部分もそれなりに強いと思う。

だから今の仕事環境の中でも、折れずに来れているのだ。

ただ、自身が男としてどうこうってのは、あまりよくわからない。

恩恵に与れた時は

単純にこちらとしては、ラッキー!というくらいで

何故女の人達が僕にあの視線 というか、目線?表情?を送ってくるのか、いつまで経ってもよくわからない。

彼女達からして、僕はなんなんだろう。

まぁ、いいんだけれど。そんなことどうでも。



そんななぁなぁな日々の中で、彼女は僕にとって特別だった。

初めて会った夜、ここ最近の中では一番大きなラッキーが目の前に運ばれてきたのだと実感した。

理由としては

外見と

あとは

よくわからない。



「君、かわいいね。」

僕の方が数歳年上だったこともあり、僕自身がそれなりの自身であることもあり

自覚の無い部分での高すぎるプライドと、生き抜いてきた自負と

いろいろ入り混じりながら

小心者で他人想いであるお人好しの僕が、仕事モードを少々残したまま彼女へ伝えた言葉は、シンプルだった。


彼女「えっと…ありがとうございます。」

返答での言葉遣いや身に着けている洋服の着こなしで、彼女が生真面目だと言われるタイプであることはすぐにわかった。

そして、なんだろう。

学生の様な、たどたどしさというか

幼さに似た、清純な何かを感じてしまった。

僕のところにすんなりとやってくる時点で、世間知らずの純粋な学生の様な人物ではないだろうと、考える訳でもなく前提として念頭にその感覚があった。

そのため、その常時の感覚と、実際に受けた感覚の違いに、僕が戸惑っていた。


女性を相手にする飲み会で話す時の様に、適当に話をふっていく。

表情が大きく変わりやすい彼女は、慣れない様子ながら

話をする時は僕の方に視線を向け、真っすぐ見つめてくる。

短い時間の中で、僕が感じた彼女へのギャップ。

強いのか、儚いのか?




そんなことをうっすらと考えながら、取り敢えず僕は彼女を飲み込んだ。




その日から、暫くは彼女への関心が大きくなっていた。

彼女に、今日のお洋服はどんな感じ?と声をかけ、写真を送ってもらう。

ただ

いつも、彼女は自身の顔を送ってはくれなかった。

僕が魅了されたその黒い瞳と、蕾の唇を

彼女自身が、得意としていなかったようだ。

視点を変えると、彼女は僕に顔の映った写真を送りたくなかったのだろうと思う。

会ったときは、あんなに視線を合わせてくるのに。

そんなことを考えながら

何時にも増して僕らしくなく

感情が踊りだしていた。

そして、何回か彼女に会った時の僕は

回数を追う毎に、目が泳ぐようになっていった。

たかが田舎の平平凡凡な女性に

僕がこんな風になることが、なんだか新鮮だった。


ただ

僕も気まぐれなところがあるので、彼女が僕に好意を抱き始めたころ

丁度よく、別の女性に目がいったこともあり

僕は彼女と時間を置くことにした。

仕事の忙しさとゆとりの時間が、丁度良くなってきたその頃

なんとも言えない、彼女とは違う部分で僕を駆り立てる、グラマラスで華美が様になっている女性達が

上手なタイミングで、僕の腕や太ももに、力が抜ける香りを纏わせながら

手をまわしてきていた。

僕はいつも通り、その女性達の腰に手をまわし

10代の頃の様にはいかない身体と、脱ぎ捨てた少年の思想を横目に佇む30代の僕を背負わせて

煌びやかで飄々とした、そのくだらない目の前の異性達といつも通り

日々の鬱憤を発散し

僕も彼女の存在も、胡麻化した。



僕は彼女に連絡を取らなくなってから

暇な時間ができると、それまでに無く空虚感を憶えていた。



もうすぐクリスマスだって



こちらは、誰とでも過ごせる。

そう、誰とでも。




彼女の丸い身体と

可愛らしい瞳と

笑った時の、あの女性らしさを思い出しながら

僕は僕の心の中で、背を丸め眉を寄せ

彼女に合わせたい視線を

不器用に、波打たせた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?