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漫才をノートに起こすという行為を久々にやってみた

小林賢太郎氏がパフォーマンスを引退し、しばらくしてnoteを始めた。有料記事で月額1000円、更新頻度は月に3回くらいと述べているところから、一記事あたりの単価は333円といったところか。

金額だけ考えるとなかなかの値段だが、これは「買い」だ、と思い数ヶ月間購入したのだが、今月に入って定期購読をストップ。確かに良いことは書いてあるのだが、なんだかどこかで聞いたことのあるようなものが多く。物凄く目新しいものでもなかったというのが、理由かもしれない。


僕が小林賢太郎氏、もといラーメンズに出会ったのは落語研究部に所属し、お笑いを片っ端から浴びるように見ていった大学生の頃だから、彼らは既に活動を停止していた。一番最初に観たのは、路上のギリジンだったかしら。

改めて通しで観たけどヤバTのヤバみに通ずる部分もあるね。じゃあヤバTについて書いた記事も貼っちゃえ。

彼らの作品(小林氏はネタのことを作品と呼ぶのでここでもそうさせていただく)を見た時の初めの印象は、普段僕が観ているお笑いと違う、笑いにくい、異質といったような感じだったが、何度も見るにつれてラーメンズの世界観にのめり込んでいった。やがて動画サイトにある全ての公演を鑑賞。好きな作品は何度もヘビロテで観るようになり、気づけばラーメンズを敬遠するどころか、ラーメンズしか観れなくなっていた。

ラーメンズにハマったタイミングで小林賢太郎氏が新しい本を出版することを知りすぐさま購入。タイトルは、『僕がコントや演劇のために考えていること』。内容は、言わずもがなタイトル通りである。

笑いを引き起こすための細かいテクニックから、パフォーマンスの準備、後始末に至るまで数多くのことが各所に短文で書かれてあり、大学で落語というパフォーマンスを我ながらガチでやっていた身であった僕にとって、当時のバイブルのような本であった。今は実家にあるのかな、機会があればもっかい読み返したいところである。

この本の項目の一つに、漫才をノートに書き起こすことについて記載されている部分があった。

基本コント一本であるラーメンズだが、学生時代は漫才もやっていたという小林氏。本の中で漫才を作ること、漫才で笑いを取るというのは非常に難しいということを述べている。そして小林氏は、その漫才の構造を研究するために、漫才をノートに起こしてどの部分で笑いが起きているかということをメモしていったそうだ。

一流の人がやっていることなのだから、俺もやってみたら何か変化が起きるかも・・・学生時代にはそれこそノート2冊埋まるくらい様々な気に入った漫才を書き起こし、自分なりに分析したりもした。結果、落語に入れる自分のオリジナルのギャグのセンスはそれ以降少し上がった、ように思える。気のせいといえばそれまでだが、まあ何かしら効果はあったのだろう、と信じたい。


時を経て2020年。オーストラリアという異国に住めど毎年チェックしているM-1グランプリ。(それに関する記事も以前書いたのでよかったらどうぞ。)

どのコンビも面白かったものの、関東の漫才師、オズワルドのネタが個人的にツボだった。ボケツッコミ双方のワードのチョイス、右肩上がりに面白くなっていく構成、ツッコミ伊藤さんの声も良い。何度も聴きたくなるネタである。

そして僕はふと思ったのであった。


これ、ノートに起こしてやろう。


出来上がったものの一部がこちら。もしかすると傍から見たら気持ち悪いかもしれない(笑)

漫才

青い線で笑いを引き出すキーワードをハイライトし、赤の〇は笑いが発生する部分を書いている。〇の大きさは笑いの大きさの違い、大体三段階くらい用いている。これを繰り返していって、最後に最終的なボケの数、その中でも特に大きな笑いが発生したボケをまとめた。昔はどんな種類のボケで笑いが発生したか、まで細かく分析していたが、時間をそんなに割きたくないことと、笑いから少し離れていたのでそこまで分類できる力がないのではということで断念した。まあこんな感じ。

漫才を作りたいけどどう作ったらいいか分からない、なんていう人は(僕も現在進行形でそうなのだが)もしかしたら何か化学反応が起こるかもしれないからぜひやってみてね。


しかしまあ、オーストラリアにまで来てなんで漫才のノート起こしなぞやろうと思ったんだろうか。

それは、もっと面白くなりたいからだろう。

人生にどんな作用をもたらすかなんて今は二の次だ。面白くなりたい。面白くありたい。理由はなくていい。理屈じゃないんじゃこりゃ。これもある種の承認欲求から来るものなのかもね。

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