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【質問回答】息子が他人から軽く見られて、人との関わりを恐れている。親としてどうしたらいい?

ヴェネツィアは今日、静かにパソコンの前にいるだけでじっとりと腕に汗をかくくらい暑く、いよいよ夏の到来を感じます。決してギラギラと日差しが照りつけているわけではなく、どんよりと曇りなのに、暑い。

ならば私もそれを上回るくらいに静かに熱く、今日もパッションをもってご質問に回答したいと思います。

本日はこちらのご質問にお答えしますよ。

中1の女子と高1男子の保護者として思春期の子どもたちを支えるというのは、本当に大きな責任や労力を伴う任務だと思います。それを、パートナーとではなく、お一人でこなしておられることに心からの労いをお伝えしたいと思います。日々、本当にお疲れ様です。

とくに高1のお兄ちゃんの年齢ですと、心も揺れる青春の時ですから、繊細だし、半分大人で半分子どもであることによって本人も周囲もさまざまなことに戸惑いやすく、食欲も旺盛で、支える方も迷いと不安がどっと襲ってきやすい時期でもありますよね。

このガラスの十代の子どもって、小さいころのように親にベッタリしているわけでもないし、感情も開け広げには見せなくなるので、いい意味でもだんだん親子の距離が開いてきているようにも見えます。

でも、それでもまだ彼らは子どもです。ある部分では親よりしっかりしていたりもしますが、でもやはりまだ社会に出ていない若芽です。彼らは見た目以上に、幼いものです。

義務教育を終えたとはいえ、高校というのは今やほとんど義務的に行く感覚で通っている子どもがほとんどなので、どうしてもまだ行かされている感覚が抜けない時期ですよね。まだお客さん気分で学校に行っている。

自らの意思で会社に通うなどして、何かしらの貢献をしてお金を得て、社会で生き抜いている大人とはやっぱり違うわけです。親に頼って生きてる部分も大きく、まだまだお母さんとのつながりの強い時期です。

その子どもについて、お母さんである質問者さまが書いておられることを頼りに、このご相談にお答えしてみようと思います。

あなたは息子さんが軽く扱われたのは「体が小さい」「お勉強ができない」「周りの家庭に比べて裕福ではない」ことが原因ではないかと憶測されていますね。

それから、彼のことを「人と関わることをとても恐れている」「誰かの世話になって生きていきたいという志向を持っている」というように観察しています。

私は、たとえお母さんといえども、子どものことを変えることはできないと思います。子どもも他者ですから、自分の思い通りに変えることはできないのですね。ですから、私たちが唯一変えられるのは自分の観察眼だけなのです。どこを、どう見て、どう思うのか。これだけが私たちにアプローチ可能なところなのです。一般的な感覚、言い換えれば執着まみれの私たちの感覚からすると、これはちょっと淋しいことのようですけれどもね。

さて、今あなたは、「体が小さい」「お勉強ができない」「周りの家庭に比べて裕福ではない」ということを、息子さんがお友達に軽く見られる原因として挙げています。

つまりあなた自身がそれらを、”軽く見られる要素となる”という判断をしているわけですね。他でもないお母さんであるあなたが、息子さんの身体が小さいことや、お勉強ができないこと、自分の家庭の経済状態について、他人から軽く見られてもおかしくない要素として見ているわけです。

もちろんのこと、それは親心としてわからなくはないのですが、でもこれは、息子さんに対する一種の偏見なのです。

身体が大きくて、お勉強ができて、裕福な家の子であれば、軽く見られないのかと言えばそれもまたわからないことですよね。身体が小さくても、お勉強ができなくても、裕福でない家庭でも、軽く見られない子もいるわけです。

ですから、ここはお母さんが思い切って、その偏見を捨て去ることです。息子さんを信頼して、自分の家庭に誇りを持って、堂々とすればいいのです。これを覆すのは思い切りが必要ですし、手放すのは簡単なことではないでしょうが、挑戦しがいのあることです。

それから、これはまったく私の憶測でありますが、「人と関わることをとても恐れている」「誰かの世話になって生きていきたいという志向を持っている」ということに関しても、あなた自身が同じ要素を持っていないかどうか、ご自分の感覚をよく観察してみてほしいのです。

これまであなたは、母子家庭を懸命に支えてこられたことと思います。そして立派にやってこられている。でも、夫婦が揃って子育てしている家庭に対して、もしかするとあなた自身が、劣等感を抱えておられるのかもしれません。彼らと接するときに、自分のほうが下であるような気がして、軽く見られるかもしれないという恐れを抱いていませんか。

これについては、理性を持ってしっかりと考えを確立して、恐れを吹き飛ばしてください。

いいですか、そんなことで他人を軽く見るような人物は、本当にしょっちゅう言葉遣いが悪くなって申し訳ないのですが、クソの鼻垂れなのです。そのような愚かな人物に、あなたが恐れを抱く必要はないのです。軽く見させておけばいいのです。離れていただいて結構なのです。どうぞどうぞ、どこかでこちらを見下して嘲笑し、自分の業を好きなだけ増やしていただけばいいのです。うんこちゃんなのです。

それからあなたは、これまで家庭を保って子どもを支援するにあたって、もしもパートナーに頼ることができていたら、いろんなことが違ったかもしれない、もっとよかったのかもしれないという考えを抱いていませんか。

ここについても、どーんと構えて堂々としてよいのです。

もちろん、巣立つまで両親がそろって子育てをした家庭で育つという経験は、あなたの二人のお子さんには味わえないものです。それにはそれ固有の素晴らしさがあります。けれども、お母さんがひとりで頑張ってくれた姿を見る経験、母の力で育ててもらったという経験は、二人の親に育ててもらった子どもには決して味わうことのできない、とても深いものです。

それはそれでまた固有の、計り知れない奥深さを持った愛の学びです。このことを、決してあなた自身が軽んじてはなりません。あなたにぜひ、ここを見つめてみてほしいのです。

息子さんに、生まれてきてよかったと思ってほしい。これも親心ですよね。私も理解できる感覚です。けれども、親子といえども、自分の子どもが「生まれてこなきゃよかった」と思う自由を認めなくてはならない。

このことをベースに置きながら、親ができることとして最良で唯一のことは、あなた自身が「生まれてきてよかった」と思うことです。

それによる影響が息子さんにどう出るか。それは期待の外に置くしかありません。でも、お母さんが生まれてきてよかった、生きていて幸せだという感覚で、彼のそばで生活すること以上に良い影響はないのです。

あなたは、子どもをもうけた相手がおられて、今はそのお相手と何らかの理由で一緒にいない。その過程には、さまざまな葛藤があったこととお察しします。きっと、迷いや不安もあったことでしょうね。でも、あなたはそれを乗り越えて、これまで投げ出さずに、人間を二人も育ててきたのです。話し言葉になっちゃいますが、すんげぇ大変だったに違いないんだもの。母ちゃんすげえよ!だから、このことにちゃんと、ご自分で正当な評価をしてあげてください。

過去のことは、この大宇宙と一緒になってやったこと。そして過ぎ去ったことです。だから、ベストだったのだと考える勇気を持って、それ以上の小言を言わずに、スバっと斬り捨ててください。いろいろ思うところがあっても、それでいい。そんなもんやねん。

過去をひとつの荷物に見立てて、そこに【ベスト認定】のラベルをバシーンと貼り付けて、お空に送ってさよならしてください。過去はこれで成仏です。さあ、だからもう、堂々としましょう。身体の大きさやお勉強やお金のことで、愛する息子を誇れずに信じられずに軽く見るなんて、冗談じゃねえことだと思ってみてください。

そして、事情をぽつりぽつりと話してくれた息子さんの母への信頼に報いて、今後もしも何かあったら、それこそ度を超えたいじめなどがあったりしたら、母さんは黙っちゃおかねえからなと、なにがなんでもアンタの味方やと、出るとこ出てやんからなと、竹刀を買ってきて家に常備し、来るなら来いやァ!と血走った目で言ってあげてください。

地上の誰が敵になっても、お母さんだけは徹底的に命がけで俺の味方なんだと思っている子は強いです。そんな母ちゃんに竹刀を振り回させるわけにはいかねえやと思えば、息子さんにも男子の意気地が芽生えるものです。

こんないい方はひどいようにも見えますが、親は、親となった時点で馬鹿なのです。子どもにとてつもない執着を持つ存在なのです。哀しいくらい、愚かな存在でもあるのです。でも、親となったらこの愚かしさを自分で引き受けるしかない。だったら、子どもが巣立つまでは正々堂々と親バカでいきましょう。

もちろん、子どもが他人に迷惑をかけても甘やかそうっていう親バカのことではありませんからね。それは親バカなのではなくて、そいつが自己中な自己バカなのです。

この先あなたが、誰かに頼って生きてもそうでなくても良いのです。未来のことは自由に泳がせてよいですよね。でも、これまでと今の状況に、自分でよくやっていると思ってあげてください。そして、生まれてよかったと思おうとしたときに、それを阻害するなにかがあなたの中から湧いてくるとしたら、それがあなたの向き合うところなのだと思います。

生まれてよかったと思っていようがいまいが、人はそれとは関係なく幸福に生きられるものです。そこにも重要な気づきがあるかもしれませんね。
お互い親業に精進してまいりましょう。応援しています。がんばってね。GOOD LUCK!

それでは、またね。

毎日無料で書いておりますが、お布施を送っていただくと本当に喜びます。愛と感謝の念を送りつけます。(笑)