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1095/1096【質問回答】子どもが欲しい、でも出産が怖い…!

吾輩は怠け者である。しかしこの怠け者は、毎日何かを継続できる自分になりたいと夢見てしまった。夢見てしまったからには、己の夢を叶えようと決めた。3年間・1096日の毎日投稿を自分に誓って、今日で1095日。
※本題の前に、まずは怠け者が『毎日投稿』に挑戦するにあたっての日々の心境をレポートしています。点線以下が本日の話題です

1095日目。わかっていたことなのに、前日になったことに驚いてしまう。というのか、なんで今日が前日であることへの実感がこれほどに薄かったのかが、不可解である…昨日が3日前だったのだから、そりゃあ今日が前日になるのだけど、「え!そうか前日なのか…!」と思ってしまった。

前日ってなんとも複雑な気分…!!この前日の記事をアップして残り1記事となったらもういよいよだと感じられると思うのだけれど、前日となると飛びきれないと言うかなんというか、どこかお預けを食らっている気分というのかな…わたしがのんびり屋すぎるのだろうか。

いや、さすがに三年もやってきてゴール目前の前日に「え!そうか前日なのか…!」ってのんびり屋にもほどがある気がしてきたぞ。こりゃもう、わたしがホトトギスなら家康にすら殺されるレベルなのではないか…?!明日で終わっちゃうんだぞー!

今の気分は非常に複雑で、寂しくて嬉しくて非常に満足。
明日の気分が楽しみだー!!!

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本日はこちらのご質問への回答です。

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つわりってなかなかの強敵ですよね。出産への怖さも、全世界の女性共通の感覚だと思います。

このご質問はちょうど、「ジェットコースターに乗ってみたい。でも乗るのが怖い。どうすればいいか」というのとおなじようなことだと思うのです。これはジェットコースターに乗ることを諦めるか、怖いと思ったまま乗るかのどちらかしかないのですね。未知の体験の前に完全に恐怖心を制するのって、ほとんど不可能に近いと思うのです。

産まないと決めて安心するもよし。産むなら怖いままでもOKと考えるもよし。だと思います。あなたの心は、奥底で決まっているのではないでしょうか。

そしてこれは「変な人が変なこと言ってる」と思って読んでくださいね。まったくもってわたしの勝手な直感なのですが、あなたのその恐怖は今の人生の体験から来ているものではなくて、この別の人生で味わった恐怖のように思えます。便利な言い方をすると、前世の体験ということです。

わたしは生まれ変わりというものを、今のわたしたちの魂がそのまままったく別の人になるというよりは「わたしたちが死んで肉体を離れたあとにまた源に戻り、思い込みがニュートラルになっていないことについて、それを現象として味わうために、また源の一部が一つの魂になって人間を体験する」というような解釈にしっくり来る感覚を持っています。

ですから、別の人生で体験した出産への恐れの意識を、今のあなたの意識の一部に持っているというようなことではないかと感じます。なので、あなた自身にもなぜこんなに出産が怖いのか、よくわからないと感じられていませんか。だから自分が恐れを持っていることを、おかしいとか悪いとかダメだと思わなくていいのだと感じますよ。

そして同時になぜか、怖いのにやり遂げてみたい気持ちもあるのですよね。なにかが怖いのならそれを避けたいと思うはずなのに、なぜかやってみたい。それはその恐れをニュートラルにしてみたいというところからきているのです。わたしたちにはこういうことが、いくつもあるものだと思います。

わたしももちろんのこと、無理をして産まなくていいと思います。それにより安心もできると思うのです。もしも胸の奥にそれに惹かれる感覚があれば、産まないのもとても良い選択だと思いますよ。

けれどももしもあなたがその安心よりも、産む体験をとおした満足のほうに惹かれるのであれば、それがあなたの求めるものなのですよね。理由はわからないけれども、自分が奥底で求めているのはそちらだ、と感じられるのであれば、あっさりと「怖いままでも良いんだな」と考えてみてはいかがでしょうか。無痛分娩も助けになりますし、なによりも妊娠するということは、産むことも可能だということでもあるのですからね。

初産という未知の経験に、まったく不安や恐れのない人っていないと思います。もしもそういう人がいたら、感覚に蓋をしてしまっているか、あるいはもう悟って解脱の域にあるかだと思うのです。

わたしも出産時に、もちろん怖さも不安もあるままでした。しかし、出産は怖いままでも進みます。「うわああああ!!大丈夫かあああ?!」と思ったままでも進んでいきます。

妊娠もそうなのです。心がどんなに拒絶していたって、進むときは進みます。たとえば望まない妊娠だとしても進んでいくため、堕胎に至ることが年間何万件もあるのです。だから、あなたが恐れていたから流産したと考えることもできますが、恐れに関係なく今回はどうしても流産の経験を通過する必要があったかもしれないと考えることもできますよね。

身体の「産むシステム」って本当に素晴らしく良くできていて、それはまさに神秘です。わたしたちが思考でわーわーしていても、その神秘のプロセスは発動するのです。

かつ、出産中は今のあなたではなく、ちょっと別のあなたが出てくるのです。本能むき出しの別バージョンになると言いますか、いつもは病院のスタッフさんなどに丁寧に接している女性ですら、出産中はちょっとぶっ飛んで動物がえりして、周囲に「うるせぇ黙ってろ!」と言ってしまったりするのです。ガルルル~って感じでね。

あなたが母体の本能むき出しになったときにどんなあなたが出てくるのかはわかりませんが、そのあなたは今より完全に出産向けの『出産時特別限定バージョンのあなた』です。ですから、いざ本番はそのあなたに任せようと思ってみるのも、とても良いと思います。

わたしは陣痛の最中にあまりに自分に集中しすぎて静かだったものだから、助産師さんから「もっと声を出せ、怒れ、騒げ」と無理矢理に催促されてました。が、そのときまったく思考が働かず、出た一言が「だずげで」でした。まったく余裕がなかったのです。それにも関わらず、その最中も身体のシステムはしっかり出産を進めていました。わたしの従姉妹のお姉さんも、妊娠中に「産むの怖い!」と震えながら2万回くらい言っていましたが、無事に安産で出産していました。

だから、出産というのは「出産に恐れのない女性だけが成し遂げられること」というわけではないのです。多かれ少なかれ、怖くて普通なのです。

むしろ、なんの恐れもないまま出産に挑むというのは、DNAレベルで難しいことではないかと思います。

野生動物も、出産するときには非常に気が立って怒りやすくなっているし、始まる前には身を隠しますよね。その間外敵に襲われると母子ともに危険だからです。なので、哺乳類であるわれらも、いくら医療が発達したとは言え、ある程度は本能的な恐れがあって当然です。出産について「なにも恐れのない状態」って、目指さなくてよいのだと思います。

わたしであればこんな風に考えるので、怖いのはしゃーないと思うと思います。そして、子どもをもってみたいという気持ちがあるのならば、その好奇心に従ってみると思います。それで妊娠できるかどうか、赤ちゃんとのご縁があるかどうかというのは、また別のこととして。

高齢ということであまり時間もないとは思いますが、いろんな情報に触れる時間をとるのも良いと思います。わたしは自然分娩や、自宅出産や水中出産のこと、病院で産むことのメリットやデメリットなどについて知ることで、女性の身体について驚くべきことをたくさん知ることができました。自分にもそれが備わっていると思うと、”自分という自然”を信頼しようという気持ちが湧いてきて、とても嬉しくなったのを覚えています。

出産が「あまり詳細のわからない、とにかく命懸けの恐怖の行為」ではなく「動物に備わっている力強い自然のプロセスを、医療が支えてくれる行為」というイメージに変わるだけでも、助けとなると思います。

そのような観点で、深呼吸をしてゆったりと胸に手を当てて、「どうしてみたい?」と自分さんに訊いてみて。そこで惹かれワクワクする方に、まっすぐに進んでみてね。その道が、珍道中でもいいのです。あなたの安心や満足を大事にすると、後悔のないように進んでいけますよ。

さて、今日はここまで。

それではまた、明日ね。

毎日無料で書いておりますが、お布施を送っていただくと本当に喜びます。愛と感謝の念を送りつけます。(笑)