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何年かしてきっと思い出すであろう11月のこと。【後編】

【前編】からの続き。

11月22日(木)
母校、S高校へ。

高校生に何を話せばいいのか?というのは少し迷った。
本を好きな人ばかりじゃないだろうし、多感な年ごろの彼らにオトナとして不用意な発言はできないというプレッシャーもあった。
そこで、T先生にあらかじめ生徒さんから質問を募ってくださいとお願いした。
3つ4つくればいいかなと思っていたら、先生はわざわざアンケート用紙を配布してくださったらしく、500枚くらいの質問がどっさり届いて驚いた。

ひとつひとつ、嬉しく大切に読んだ。
同封されていたT先生からのお手紙に「失礼な質問もあるようですが、お許しください」とあった。
失礼とはまったく思わなかったけど、生徒たちの肉筆はすごくストレートでおもしろくて、お金まわりについても興味津々みたいだ。
うんうん、知りたいよね、作家って儲かるのか。
「印税ガッポガッポですか?」なんて素直に聞いてくる子も楽しいし、体裁を気にしてよけたりしなかったT先生って素敵だなと思った。

思わず目も手も留めて考え込んでしまう質問もあった。
好きなことを理解されない苦しい気持ちや、不安でいっぱいな胸のうちを書いてくれているもの。

30年前に比べて、多様性ということがよく議論されるようになったり、「同じじゃなくてもいい、違っているからいい」と口々に叫ばれる時代になったと思っていたけれど、高校生はやっぱりまだ窮屈で不自由な状況にあるのかもしれないなと感じる。
大人になれば世界が広がって楽になるよ、と簡単には言えなかった。だって彼らは今つらいんだから。
理解されなかったり不安だったり、私もそういう想いをいっぱいしてきた。
でも「不安」だって、すばらしい想像力なのだ。
ただただ、今自分が何かを好きだという気持ちに誇りを持ってほしいと思う。
そこを否定してしまって、自分が自分でなくなってしまうことは、人から理解されないよりもずっと悲しい。

人生は一度きりじゃないと、私は思う。
一生のうち、何度も違う時代が訪れて、何度でもスタートできるのが人生だ。
何度目かの時代で、その「好き」が広げてくれる可能性を、私はいつも信じている。

体育館に集まってくれた後輩たちは、私が想像していたよりもずっとまっすぐな目をしていて、約一時間、姿勢を崩すことなく真剣な表情で私を見て話を聞いてくれた。
どうもありがとう。印税ガッポガッポの返答も含めて、本当に、ひとりひとりと話がしたかった。

「今の夢はなんですか?」というのもあった。
あなたたちの誰かと、いつかどこで会えたときに、「あのときS高校で話聞きました!」って教えてもらいたい。そして「わーっ!」と手を取り合いたい。
そのときに、現役作家でいることが今の私の夢です。

恥ずかしながら私はパワーポイントを使ったことがなく、コンテンツや画像を載せたものを教頭先生がていねいに作成してご用意くださったのがとてもありがたかった。
他の先生方もみんな明るくてきびきびしていて、校舎もキレイだ。
私たちのころにはなかった飲み物の自動販売機が設置されていたのが、軽く衝撃だった。

講話が終わってから、T先生が校内めぐりに連れて行ってくださった。
保健室で養護の先生やそこに居合わせた生徒さんと直接お話できたり、教室の廊下や、私が放送部で使っていた生物室や。
最後に、生徒は入れない(つまり私も入ったことのない)屋上に行った。
ヘッダーの写真は、そこから見た景色。
T先生と並んで、夕暮れの小望月を見た。

校舎を後にするとき、先生数人と、T先生がお見送りしてくださった。
またね。必ずまた、お会いしましょうね。
ふたつの講演が無事にすんでホッとしている一方で、さみしかった。
でも、このさみしさがきっと、次の再会を呼ぶのだと思う。

11月23日(金)
横浜に戻る前に、名古屋駅構内の高島屋で大学時代からの友人、Kと会う。
名古屋に住む彼女とは10年ぶりだった。中学1年生の娘さんも一緒に来てくれた。
娘さんとも10年前にお会いしている。幼い女の子だった彼女がすっかり聡明な女性に成長していて、母親としてのKの時間を想った。
Kは大学時代の私について「髪を長く伸ばしてソバージュにし、前髪を立てていた」と教えて(?)くれた。そういえばそうだったねぇ。私はバブルの恩恵はあまり受けていなかったと思うのだが、一応、流行りのまねごとはしていたらしい。
前髪にカーラーを巻いたまま外に出てしまったという私の失敗談まで話してくれて、うわー、そんなことあったわ!と大笑いしてしまった。自分でも忘れていたような過去をリアルタイムで知っていて、覚えてくれている友人のありがたさよ。オッケー・バブリー。
いろいろいろいろ、濃ーい話をして、Kのことを昔も今も大好きだよ、と思う。
私は警戒心が強いのであまり簡単に「大好きだよ」とはならないけど、そういう気持ちになったとき、好きだと口にすることをずいぶん躊躇しなくなった。前はよけいなことを考えすぎて言葉にしないようにしていたのだ。今はシンプルに、ちゃんと伝えておきたい気持ちが勝る。

それにしても、あのカーラーはどこにいっちゃったかなあ。自分で捨てた記憶はないので、勝手にいなくなったのかもしれない。

Kと娘さんと手を振りあったあと、名古屋駅付近の書店回りをし、夕方すぎに新幹線の切符を買った。
なんだかちょっと異次元にいたような感覚の4日間を終え、横浜に戻る。
のぞみは思ったより空席が少なくて、通路側の席にもたれたらすうっと眠くなった。
新横浜駅到着のアナウンスがかかる前に、私の脇をひゅっと女子高校生が通り、それで目が覚めた。
振り返ることなく急ぎ足で進む制服姿の彼女は、あのころの私と同じ、ショートボブに紺のリボンをつけていて、私は思わず目をこらした。
あやうく降りそびれそうになりながら、荷物を担ぎホームに足を着ける。
もう夜だった。人混みの中で私は、2018年初冬の、横浜のにおいをかいだ。