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路面電車でこどもギャングと道中をともにした話。

 世で言う三連休の最終日、家から徒歩15分の距離にあるカフェでひとり満喫したあと、本屋にいきたくなって路面電車に乗った。わたしの住むまちの路面を走る電車は旧型車両と新型車両が入り混じっていて、大体5本に1本ほどのペースで新型車両に乗ることができる。屋根がかかっただけの簡易的なホームでそこそこな列の最後尾に並び、待つこと数分、運よく新型車両に乗ることができた。空いている席に腰かけて、窓の外を眺めながらのんびり鈍行する電車の心地よさに微睡んでいた。

 ひと駅かふた駅くらい進んだ頃、ふと前方に、1歳から2歳くらいのまだ小さなお子さん(男の子)を抱っこしたお父さんが立っていることに気が付いた。お父さんもお子さんも、まだ雪の残るこの季節に、ゴツいサングラスをかけていて、わたしは勝手にその子を見て(こどもギャングだ!!)と興奮していた。

 またひと駅過ぎるころ、わたしの前の座席に座っていたお客さんが立ち上がって降りて行った。路面電車は普通の電車や地下鉄と違って、向かい合う座席の間、通路の間隔が狭くて、人がすれ違うのも一苦労だったりする。そんなそこそこの近さにある対面の席に、お父さんがお子さんを膝にのせて座った。

 しばらくすると、わたしがガン見していることに気付いたのか、お子さんとバッチリ目が合った。わたしたちは数秒見つめ合う。十秒ほど見つめあった頃、耐えきれずに、わたしはリュックの上に置いていた片手を持ち上げて、手を振ってみた。すぐにお子さんも手を振り返した。うれしくてわたしは間髪いれずにまた手を振った。お子さんもすぐにまた手を振り返した。

 お子さんとわたしのやり取りに気付いたお父さんが、お子さんの耳元に何かを囁いた。するとお子さんは、口をンパッと鳴らして、手を口元からわたしのほうへ、こう、ぱっと何かをとばした。

な、投げキッスだ!!!!!!!(大興奮)

 わたしは思わず声にだして笑って、同じように(マスクの下だけど)投げキッスを返した。謎に味を占めたわたしたちは、交互に投げキッスを量産していく。するとおもしろがったお父さんがお子さんの耳元でまた何かを囁く。お子さんは、あい、ちてる、といった。

あ、あいしてるって言われた!!!!!!!!!(大大大興奮)

 ニッコニコなわたし、マスクをしていても目元で笑っていることがわかるのか、お子さんもニコニコと笑顔を返してくれるのがほんとうにかわいい。お子さんは、サングラスを外したり、帽子をぶんなげたり、「あちゅい」といってジャンバーのチャックをお父さんに降ろさせたり、お父さんの腿に靴のまま立ち上がって背中を向けたかと思いきやお尻をふりふりしたり、あの手この手を使ってわたしをメロメロにさせてきた。途中、鞄につけているキーホルダーを「カーヴィ!」とみせてくれたりもした。ちなみに、お子さんがお父さんに囁かれたからか、手をおでこからこちらがわに「チィーッス」的な動きもしてくれたので、わたしも寸分違わず「チィーッス」と返したりもした。

 しばらくすると、さすがに車内は込み合ってきて、通路に人が立ち塞がるが、わたしたちの絆は強く、お子さんはたびたび隙間から顔をひょっこりとのぞかせてきて、わたしはそのたびに手を振った。お父さんもお子さんに「両手降ってくれてるよ」といって、片手で手を振り返してたお子さんがたまに両手で手を振り返したりしてくれて、終始ほっこりしていた。

 降車駅がたまたま一緒で、降りる前、お父さんが「ありがとうございました」と声をかけてくれ、わたしも「ありがとうございました」と頭を下げた。すると、お父さんがお子さんにまた何事かを囁く。お子さんは手を頭にあげて、ぺこり、と見てわかるくらいはっきりと頭を下げた。

お、お辞儀してる……尊い……(震え)

 わたしもぺこりとお辞儀を返すと、お子さんはニコニコ笑顔でまたぺこりとお辞儀をしてくれた。わたしは先に降りる為に立ち上がって、お子さんにバイバイと手を振った。お子さんもバイバイと手を振り返してくれた。そうしてわたしたちは、名残惜しくも、晴れやかな気持ちで別れたのである。


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