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ある日突然⁈

と、聞かれたら…
「いや、違う」と答えるだろう。

今思えば、自分の中でもサインは出ていたはず。
でも、忙しさにかまけて見て見ぬふりをしていたのだ。


更年期障害?

適応障害の診断が下りた日の一週間前。
代休だった私は「もうダメだ」と思い、更年期の相談を受け付けている婦人科へ行った。

なぜ更年期の相談かというと、私は今から約7年前に子宮筋腫の全摘手術を受けた。
その後、体の火照てり、汗をかく、集中力が落ちる、思考がまとまらない、疲れやすい、眠気、等々と更年期の症状がひどくなっていたので、もしかして、更年期うつなのかな…と感じたから。

私は、説明するのが下手なので、ここまでに至る症状をメモして持って行った。

診察に呼ばれ、先生にメモを見せながら、自分が今どんな状態なのか話をした。
話をしながら涙が出てくる…

そんな状態の私を見て先生は、
「これは精神科にいった方がいいよ」と話してくれた。

心の中で「やっぱりか。更年期のひどいものとは違うんだ」って思った。

三か月の休養中、自分に向き合う時間がたくさんあった中で、わかったことがある。

それはある日突然やってくるものじゃない。


私の心の中にあるコップの水は少しずつ溜まっていき、
溜まる一方で「減らす」ことをしてこなかった。
そして、今溢れ出してしまったんだ……

今まで、「家事」」「育児」「仕事」で、一日過ごすことで精一杯の毎日。自分のことは二の次だった。

そんな風に、自分の心や体を無視してきた結果が【適応障害】という形で出てきたんだと思う。

半ば強制的に心と体がサインを出してくれたのかもしれない。
よく考えると、私の人生の中にはそんな状況が度々あった。
子宮筋腫の時も、もしかしたらそうだったのかもしれない。
仕事中に、腰を痛めたり、足が肉離れになったときも……

「無理やりそういう状況にしないと、こやつは休むことをしないからな」
そんな声が天から、聞こえる気がする。

「仕事は定時で上がっているし、適当人間だから大丈夫」
そんなことを思って過ごしていたし、「家事」「育児」だって手抜きだらけだったけど、心身はそれなりにストレスを抱えていたんだ。

どこかで休める場所が必要だったのかもしれない。
家庭が安らげる場所であったら、また違っていたのかもしれない。
でも、安らげない状況にした私にも責任がある。

「だから、弱音は吐けない」
と、知らず知らずのうちに頑張っってきたのだろう。

休み方を忘れて、休んでるつもりになって。

日に日に疲れも溜まって……

だから、

『私は(僕は)大丈夫‼』って言っちゃう人ほど、自分の心と身体にきちんと向き合う時間は大事なんだよ。

と伝えたい。

私が身をもって、頑張っているあなたに届けたい言葉です。

そして、周りに『大丈夫、大丈夫』っていつも言ってる人がいたら、ちょっとだけでも、気にかけてあげて下さいね。

きっと、弱音を吐けない人ほど、『大丈夫』って言ってるはずだから。


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