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白頭山の最後

 その日、九州宮崎県、新田原基地(にゅうたばるきち)は慌ただしかった。
 4機のF15J改が発進する。落下増槽を三つ装備し、弾道ミサイル迎撃ミッションで出撃した。中距離空対空ミサイルとして、99式空対空誘導弾を2発、短距離空対空ミサイルとして、04式空対空誘導弾を2発、曳光弾付き20㎜バルカン砲弾940発だ。
 目的地は半島北部の白頭山。片道1,085kmある。F15の航続距離は4,600km。機体内燃料タンクだけで2,800km、落下増槽一個当たり600kmの計算となる。現地までは巡航速度で飛び、目的地までに増槽を二個捨て、ミッション開始時に最後の一個も投下する。
 途中で危険を回避するため、超音速飛行に入る場合などを考慮して、落下増槽を三個装備した。帰りは機体内燃料だけとなるが、念には念を入れて、後発で空中給油機も飛ばす。日本海で燃料補給できる。燃料を気にせず、ミッションに集中できるようにするためだ。
 飛行計画は短期間で作られた割に、あたかも以前から準備したかのようにできていた。今回の弾道ミサイル迎撃ミッションは、かなり詳細なタイム・スケジュールが記されている。計画通り飛べば、目的地到着時に、発射直後の弾道ミサイルの頭を押えられると言う。
 ――本当か?何でそんな事が分かる?だがそれでも、このミッションは難しいぞ。
 その50代のパイロットは、弾道ミサイル迎撃ミッションが苦手だった。シミュレータでも何度も失敗している。発射された弾道ミサイルを、戦闘機で追い掛けて、空対空ミサイルで撃墜する事は、不可能ではない。だが容易でもない。大体、チャンスは一回限りだ。
 上昇中の弾道ミサイルを横から捉えて、迎撃するパターンが最も多い。これは失敗する可能性が高い。弾道ミサイルが加速に入れば、空対空ミサイルが振り切られるか、曲がり切れない。逆に落下してくる弾道ミサイルの迎撃は最悪だ。まず撃ち落せない。速度が違い過ぎる。
 一番楽なのは、発射前の地上撃破だ。だがそんな話なら苦労しない。発射直後の加速前であれば、下から回り込み、ミサイルの後ろを取って、撃ち落せる。しかしそんなタイミングに滑り込むのは奇跡的だ。それでも発射直後であれば、上からミサイルの頭は押さえられる。
 今回はこのプランで対応する。発射直後のパターンだ。タイミングが良ければ、いける。
 その三佐は、一番機として、新田原基地を飛び立った。続けて、僚機が飛び立ち、三番機、四番機も発進した。遠ざかる基地を視界の隅で見ながら、上空で飛行編隊を組む。
 目的地は、白頭山の天池だ。山の頂上に巨大なカルデラ湖があり、そこから、北の弾道ミサイルが発射されると言う。その話を聞いた時、あまりに非現実的だったので、ちょっと呆れた。まさかそんな処に、ミサイルを隠していたとは。だがそもそも、どうやって運んだのか。
 ともかく、これが北の人民大将軍、黒電話の最後の奥の手らしい。
 しかしなぜ、発射のタイミングまで、正確に分かったのか謎だが、50代のパイロットは、戦闘機小隊の隊長に過ぎず、情報源までは明らかにされていない。ただ作戦計画自体は、ちゃんと出来ていたので、現実がその通り展開するなら、不可能なミッションではない。
 諜報活動が行われて、北の情報が漏れたのかも知れない。だが詳細過ぎた。
 ――まぁ、上は信じているようだったし、アレは本気だな。ちょっと不思議な話だが。
 政府から密命を受けた事は間違いない。基地司令部はかなり緊迫していた。妨害があった場合、第二分隊がフォローに入り、第一分隊の弾道ミサイル破壊を最優先する。その中には、ミッション達成のために必要と判断された場合、妨害の排除も厭わないと命じられている。
 ――北の空軍は壊滅した筈だし、対空砲も殆どない筈。安全か?
 半島の戦争は終わりかけていた。南と米軍が、開戦と同時に、徹底的な北のミサイル狩りをやり、初日でその殆どを潰したと言われている。今回、漏れていた大物が見つかった訳だが、状況から判断して、どうやらこの弾道ミサイルは、水爆の可能性があった。危険極まりない。
 白頭山の天池に、水爆を搭載した弾道ミサイルを隠すなんて、どうやってやったのか謎だが、北は過去に泰川ダム湖から、SLBMを水中発射した例がある。やり方は分からないが、パーツ毎に分割して運び、水中に投下して、水の中で組み立てたのか?よく分からない。
 実は白頭山の天池は、半分は大陸側に属している。カルデラ湖の真ん中に国境線が引かれている。大陸側から、弾道ミサイルを搬入する事は可能かも知れない。両国が秘密PJとして、進めた可能性は否定できない。それでも技術的には困難を極めた筈だ。殆ど不可能に近い。
 ――迷惑な話だよ。全く。なぜ俺にこんな大役が回ってくる。
 今回、三佐が小隊長に選ばれたのは、航空自衛隊の中でも、特別なパイロットだと思われたせいだった。茨城県の百里基地時代、UFOと接触して、基地まで誘導しようとした実績がある。今回のミッションは、想定外の事態も、排除できないとされている。対応力が求められる。
 ――UFOと水爆、どっちがヤバイんだか。勘弁して欲しい。
 弾道ミサイルの着弾予想地点は聞いていない。基地司令は、何が何でも破壊しろの一点張りだった。嫌な予感しかしない。まさか東京か?50代のパイロットは青ざめた。大都市であれば、どこに落ちても大惨事になる。最近も欧州大戦で、東側の飛び地に、一発核が落ちている。
 着弾予想地点が、どうでもいい場所なら、ここまで動かないだろう。迎撃が必須という事であれば、こんな作戦が組まれる訳がない。三佐は何となく、底冷えするものを感じた。
 とにかく世界は今、核の恐怖、弾道ミサイルの恐怖に怯えていた。
 少なくとも一度、核が落ちた事が明確に知られたため、全世界で、弾道ミサイルに対する強烈なアレルギー反応が起きていた。飛んでいる弾道ミサイルが、核ミサイルか、通常ミサイルか、見分ける術はない。だから弾道ミサイル発射阻止が、至上命題となりつつあった。
 ――大陸は沖縄に向けて、核ミサイルを撃ったという話だが……。
 未確認情報だが、沖縄上空で、核の不完全爆発を示す痕跡が、発見されたと聞いている。何らかの理由で、核爆発しなかったようだが、核を撃たれたのではないかという疑惑は残っている。いずれにしても、核のバーゲンセールだけは、絶対に阻止しないといけない。
 第305飛行隊第1小隊は、九州上空を通過すると、そのまま日本海を飛行した。左手に半島が見えるが、南には入らない。そのまま北の防空識別圏に侵入した。本来であれば、スクランブルがかかり、北の要撃戦闘機が、上がって来ないといけないが、何も来ない。
 4機のF15J改は、北の領空を侵犯した。まもなく陸地が見えて、北の大地を飛行した。対空砲火も上がって来ない。地上に人の気配がない。都市は全て放棄されたようだった。今のところ、事前の情報通りで、異常はない。このまま飛べば、まもなく白頭山に到着する。
 ――戦争でこの辺りは完全に放棄された。住人は皆、南に向かった。一部は日本まで行った。
 西日本のボートピープル問題は、日本知事会預かりとなり、半島のボートピープルを民間の宿に泊めている。だがこれは一時的な解決策だ。いつまでも置いておく訳にもいかない。
 ふとレーダーに複数の光点を認めて、50代のパイロットは緊張した。白頭山付近だ。大陸の要撃機かも知れない。北はいなくても、大陸はいる。だが光点の動きがおかしかった。まるで戦っているかのように、入り乱れている。光点は多いが、途中で消えたものもある。
 無線通信を一部拾った。なぜかオープンチャンネルで、罵り合っている。英語と北京語だ。これは白頭山上空で、米軍と大陸が戦っているのか?理由までは分からないが、想定外の事態だ。判断が求められる。だが三佐は、瞬時に小隊に予定通りと命じた。
 第二分隊が第一分隊をフォローして、弾道ミサイルの発射を阻止する。光点は20個以上あった。戦場に到着すると、最後の増槽を投下した。オール・ウェポンズ・フリーだ。そのまま空域に突入すると、F15Cと殲撃20型が目視された。すでにドッグ・ファイトに入っている。
 両軍は、突然の第三勢力の出現に驚いたようだが、こちらに対処している余裕は、なさそうだった。敵味方識別信号では、米軍機は敵と認識していない。どうやら、沖縄の部隊のようだった。何のためここに来ているのか、分からないが、もしかしたら、同じ目的かも知れない。
 ――同じ情報に基づいて、同じ目的で動いているなら、同じ命令を受けている筈。
 三佐がそう考えると、F15Cからレーザー照射を受けた。ロックオンしようとしている。明らかに同じF15と分かる筈なのに、何の迷いもない。警告音が激しく鳴る。
 ――やっぱりそうか!米軍も敵か?
 回避運動を取り、フレアを放って、サイドワインダーAIM-9Xを躱した。火の精が、ガラガラヘビと絡み合って、小さな火球を後方に形成する。すぐに火の粉は消えた。
 「米軍機に気を付けろ!無通告射撃だ!」
 50代のパイロットが、そう叫ぶと、第二分隊が、接近する敵機に牽制した。第一分隊は予定通りの時刻に、白頭山の天池に到着した。すると目の前の水面から、弾道ミサイルの頭が、ぬっと姿を現した。黒い。火星15号だ。三佐は低空移行し、20㎜バルカン砲を2秒間撃った。
 弾道ミサイルの弾頭が被弾して、一発で吹っ飛んだ。真横を通り過ぎる。
 ――通常弾頭か?爆発が弱い。
 50代のパイロットは首を回したが、また目の前に、火星15号の黒い弾頭が、ぬっと姿を現した。慌てて旋回して、ミサイルを追い掛ける。まだ加速前だ。余裕で落せる。20㎜を撃った。これも通常弾頭だった。弾道ミサイルが、次々水面から姿を現す。戦場は大混乱に陥った。
 「全機散開して、落とせ!」
 僚機も離れて、別の弾道ミサイルを追い掛けに行った。とにかく頭を押えないといけない。水面から次々浮かび出て来る核のモグラ叩きか。しかし水面で叩いていいのか?もし核を不完全爆発させれば、火山に影響が出ないか?いや、そこまで考えている余裕はない!
 「……追い切れません!」
 三番機が叫んだ。一基逃がしたようだった。火星15号が上昇する。間もなく加速だ。
 「……1基撃墜!」
 四番機が1基弾道ミサイルを破壊した。だがまだまだ他にもある。
 「……1基撃墜!ダメです!数が多過ぎます!」
 僚機が叫んでいた。もう水面から飛び立っていく火星15号も数多くある。
 こんなに沢山あるなんて聞いていない!米軍がカバーしてくれる?だが大陸の殲撃20型が邪魔して来た。米軍機も弾道ミサイルを追い掛けるが、逆に後ろを取られて、簡単に落とされていた。あっという間に、そのミサイルは上昇する。嫌な予感がした。熱量がある。
 ――不味い!こいつだけでも落とさないと!絶対逃がさん!
 全力でアフターバーナーを吹かしながら、三佐はF15J改を垂直に上昇させた。本格的に加速が始まる前にどうにかロックオンして、99式空対空誘導弾を撃った。直後に機体を逸らして、背面飛行で真横に逃げる。その空対空ミサイルは、火星15号に届いた。
 一際、大きな核の華が咲いた。これでも不完全爆発だ。とんでもない威力の爆風が吹いて、強烈な電磁波が走って、F15J改のコクピットの電源が落ちた。即座に再起動を掛ける。ダメだ。もう一度、スタートエンジンの予備電源から再起動を掛ける。よし!今度は掛かった。
 電装系が飛んだのは短時間だったが、機体の高度が大分下がっていたので、立て直して、後ろを振り返った。とんでもない光景が起きていた。白頭山の最後だ。火山が大噴火している。恐らく他にも核があり、誘爆したのだろう。十分な距離を取らなければ、こうなる。
 空を見上げると、何発か打ち漏らした弾道ミサイルの火が、成層圏にまで達していた。もう間に合わない。アレが全部、水爆だと思いたくないが、通常弾だけでもないだろう。ミッション・フェイル?聞いていた話と大分違うが、情報も完全ではなかったという事だろうか。
 日本に向かうものがあれば、PAC3で迎撃に入るだろうが、当てになるものではない。やはり、このタイミングで全部、落とすのが正解だ。だが難し過ぎた。その50代のパイロットは、小隊の無事を確認すべく、無線を開いたが、電磁波が酷くて、ダメだった。連絡が付かない。
 生き残ったのは、自分だけかも知れないと思いながら、三佐は絶望的な帰途に就いた。

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード94

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