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反魂の術、昭和から来た陸軍将校

 先日、深夜の首相官邸で、怪人に襲われた。
 佐藤と名乗る旧軍の大佐で、陸軍の制服を着ていた。
 怪しげな術を使い、政治家の秘書を襲って来た。その時は仙人を使って撃退した。
 その後、昔の記録を調べた処、旧陸軍に陰陽師がいる事が分かった。戦争利用を考えていたようだが、どの程度、実用化していたのか、よく分からなかった。
 調べている過程で、旧海軍にも陰陽師がいる事が分かり、立花神社に繋がった。
 これはこれで、大きな収穫だったが、佐藤大佐の件は残っていた。
 太平洋戦争が終わって、80年近く経つが、まだ幽霊が出るのか。だが実際に戦ってみると、実体があった。アレは陰陽師かも知れないが、人間だ。だが現代の人間という感じもしない。本物の旧軍の軍人ではないかという気がした。だが、老人ではない。壮年のままだ。
 「……アレは若返りじゃない。反魂の術ではないか?」
 仙人は書架の間から現れると、白酒の杯を持って、政治家の秘書に近づいた。
 「反魂の術?」
 政治家の秘書は、自宅の書斎にいる。夜だ。
 「……死者を蘇えさせる外法じゃよ」
 仙人は杯を机に置いた。政治家の秘書は見返した。密教で聞いた事がある。
 「じゃあ、死んでいるのか?」
 「……そうとも言えん。厄介な状態じゃ」
 仙人は徳利から白酒を杯に注いだ。政治家の秘書は尋ねた。
 「生きているとも、死んでいるとも言えない?」
 「……まぁ、そんな処じゃな」
 てっきり、アンチエイジングかと思ったが、違ったようだった。
 「……生きていれば、120歳を越えておろう。だがそうではない。一回死んでいる」
 「一回死んだのに、蘇ってきたのか?」
 「……ああ、恐らくな」
 政治家の秘書は考えた。それは自分の意思でか。
 「……自分の意思じゃろうな。何らかの形で、反魂の術を成功させた」
 「そう言えば、西アフリカのブゥドー教がどうとか言っていたな」
 仙人は目を見開いた。
 「……それじゃ!ゾンビという奴じゃよ」
 「ネクロマンシーか」
 鎌倉時代に西行法師が、反魂の術を使って、フランケンシュタイン的に死者を蘇らせたが、ゾンビな的な死人が出来上がり、使えなかったので放棄したと聞いている。(注102)
 「21世紀になって、反魂の術も何もないが、ゾンビはゲームでいっぱいいるしな」
 今更、そんな外法に手を染める理由がよく分からないが、よくそんな事をやったものだ。
 「……恐らく、修行をしたのじゃろう。陰陽道では足りなかったが故に」
 それで戦後、西アフリカまで行って、ブゥドー教まで取り入れたのか。ご苦労な話だ。
 「だがなぜそんな事を?」
 「……お主の出現を待っていたのじゃろう。将来、日本の敵が現われるが故に」
 政治家の秘書は呆れた顔をした。それで一回死んだ後、蘇ったという訳か。国を守るために?
 「陸軍の予言か。迷惑な話だ」
 旧陸軍が、よく神降しをやっていた事は知っている。ドキュメントも残っている。
 「……いずれにせよ、降りかかる火の粉は払わんといかん」
 仙人はそう言った。それはそうだ。だがどうやって?
 「一回死んでいるんだろう?また殺しても、蘇ってくるんじゃないか?」
 仙人は杯を傾けた後、机に置くと、答えた。
 「……お主が日本の敵ではないと、分かってもらうしかないだろう」
 「説得かよ」
 政治家の秘書は呆れた。ここは何かアイテムを使って、封印する流れじゃないのか。
 「……そんな便利なものはない」
 「じゃあ、参考文献は、『帝〇物語』か、『サ〇ラ大戦』か?台詞回しでも考えるか……」
 政治家の秘書は椅子から立ち上がった。どうせまた出て来るなら、早く片付けた方がいい。
 「……どうするんじゃ?また会うのか?」
 「会うには会うが、一人ではない。仲間を連れて行く」
 政治家の秘書は、立花神社に電話した。
 
 再び深夜の首相官邸に行った。今度は、立花神社の元宮司を連れて来ている。旧海軍の元少尉で、元陰陽師だった。部署は異なるが、立場は似ている。説得できないか。
 「……迷惑な話だな。反魂の術を使うような男を説得とはな」
 その老婆は言った。IT巫女だ。今回は付き添いだ。元宮司も高齢者だからだ。
 「直接の面識はないが、佐藤大佐は知っている。一度、夢の中でも会った」
 立花神社の元宮司は、そんな事を言っていた。政治家の秘書も言う。
 「……巻き込んで申し訳ない。だが自分にも意味不明な話だ。身に覚えがないからな」
 「それはお主が――いや、今はその話はやめておこう。話がややこしくなる」
 確かに、日本の神様から見たら、敵に見えるかもしれない。だが今は日本人だ。
 「……日本に生まれたトロイの木馬か何かに見えるのかも知れんが、それは誤解だ」
 むしろ、自分は日本のためにいい事をしようとしている。大陸からの手先を倒し、この国を守る。現代の大陸の覇者に、この日本は渡さない。あいつらにそんな資格はない。
 大陸の覇者は自分だ。絶対、返り咲いてやる。そのために今ここにいる。
 三人で官邸の敷地に入ると、早くも足元に霧が流れ、照明が時折明滅した。
 「怪しさ満点じゃな。今は使っていないとは言え、最近まで使っていたのだろう?」
 IT巫女が冷やかすと、政治家の秘書は言った。
 「……首相官邸は、ちょっとしたお化け屋敷だよ。肝試しに持ってこいだ」
 警備員はなぜか見当たらない。本当にいないのか。三人はエントランスを歩いた。
 「……幽霊も出る。気を付けろ」
 政治家の秘書がそう言うと、立花神社の元宮司が答えた。
 「例の二二六事件の青年将校か」
 昔から首相官邸には、幽霊が出る。歴代の内閣総理大臣が、人の声を聞いたりしている。最近、この幽霊と話をした総理大臣もいた。その者は、カトリックのキリスト教徒で、夜の寝室で、名乗りを上げ、役職名を伝えたらしい。その後どうなったのか、聞いていない。
 「なぜ佐藤大佐は首相官邸にいるんだ?」
 IT巫女が根本的な事を尋ねた。確かにそうだ。なぜいるのか?
 「……二二六事件の幽霊と同世代だからじゃないか?お仲間?」
 政治家の秘書が推測を述べた。前回は一緒になって、襲い掛かって来た。
 「纏めてお祓いしないといけないね」
 IT巫女がそう言うと、エントランスの奥から、靴音と共に、人影が現われた。
 「……佐藤大佐か?」
 政治家の秘書が声を掛けると、旧陸軍の制服を着た男たちが現れた。幽霊もいる。
 「そうだ。待っていたぞ。今日こそ、天誅を下す」
 佐藤大佐が抜刀すると、IT巫女がお札を切る。政治家の秘書は慌てて言った。
 「……ちょっと待て。どうして私を斬ろうとする。理由を話せ」
 「お前が総理大臣になると、日本が危機に陥る。日本の敵だ」
 佐藤大佐は、初っ端から予言をぶっ放した。いや、だがまだ議員にもなっていない。
 「……それは気の早い話だが、どうしてそうなる?関係ないのではないか?」
 「大いに関係がある。お前は必ず世界に迷惑をかける。今のうち刈り取るべきだ」
 随分な言われようだが、何を知っているのか、気になった。だから言った。
 「……俺は悪い男だが、悪人ではない」
 世間の常識から逆行ばかりしている。悪い男だ。とにかく評判が悪い。
 「呪われた過去世を持つ邪悪な転生者が、日本に生まれると予言されている。悪人だ」
 そんな奴、いっぱいいそうだが、特に自分が指名されるのはどういう事か?
 佐藤大佐は、一瞬で間合いを詰めて、斬り掛かってきた。慌てて躱す。
 「……待て!一体何がしたい!俺を斬った処でどうなる?」
 「昭和を変えたかった。だからせめて今の日本にも、禍根を残さないようにしたい」
 佐藤大佐は泣いているようにも見えた。だが反魂の術で蘇った身体に、生理的反応はない。
 「……こっちは任せな」
 IT巫女が言った。陸軍の青年将校の幽霊たちが、IT巫女や立花神社の元宮司に襲い掛かるが、全て撃退されている。術式が伝統的な日本神道とは異なる。陰陽師でもない。何だ?
 「維新は未完だ。幕末の志士と明治の元勲は、やり残した事が沢山ある。」
 全ての幽霊たちが立ち去り、最後の一人となった佐藤大佐は言った。
 「そしてあの二二六事件はクーデタではない。民間警備会社が起した正義の行進と同じだ」
 うん?北方の大国で起きた事件の事を言っているのか?国防相と参謀総長に抗議したあの?
 「……君側の奸を取り除くという奴か?」
 「そうだ。陛下に考えを改めて欲しかった。あの時、昭和を変えていれば、後の破局は免れた。昭和で維新を完成させたかった。だがそれも無理だ。だからせめて将来の禍根は取り除く」
 言いたい事は分かった。だが手段が強引過ぎるし、そもそもその話は、今の自分と関係ない。
 「いや、お前はもっと悪い。日本にさらなる破局をもたらす」
 「……買いかぶってもらっては困る。少なくとも今の自分は何者でもない」
 政治家の秘書をやっているが、それだけだ。議員でもない。
 「お前は復讐心を持っている。その心は必ず悪を為す」
 それはそうだ。偵察総局は許さん。解体してやる。アレこそ日本の敵だ。
 「……日本のためにやっている。君はいないが、奸は取り除く。それは約束する」
 佐藤大佐は黙っている。IT巫女と立花神社の元宮司もやって来た。政治家の秘書は言った。
 「……奸を取り除いたら、政治から退く。それでいいだろう?」
 「この者は立花神社が預かる。それで手を引いてくれないか?」
 IT巫女が言った。佐藤大佐は、立花神社の元宮司を見て言った。
 「日本神道ではないな。ホツマツタエの神を信じ、戦艦大和の御霊にも通じる古き者か?」
 「……そうだ。我々は不二の者。だが今でも日本を守っている。海軍を信じてくれ」
 「分かった。海軍に任せよう」
 佐藤大佐は背を向けて立ち去った。政治家の秘書は安堵した。以降、二度と会う事はなかった。だがずっと視線を感じていた。それが、反魂の術、昭和から来た陸軍将校だった。

注102 西行(1118~1190年)僧侶・歌人 和歌で有名だが、反魂の術の伝説もある。

            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺004

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