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Book/Film Reviews

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書評集
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#聖書

[書評] 聖書全体に対する本格的な地図

John Rogerson, 'The Atlas of the Bible' (Facts on File, 1985) Fact on File が1985年に刊行した、聖書全体に対する初の、歴史でなく、地理に基づく地図。その後、再版を重ねており、評者の手許にあるのは1991年のリプリント。 著者は英国のシェフィールド大学の聖書学教授。 古代ヘブライ人が〈啓典の民〉(the people of the book)と呼ばれて来たことに加えて、本地図は、彼らは、〈土地の

[書評] Apparition と Authority

Gustavo Vázquez Lozano, 'Mary Magdalene: The Life and Legacy of the Woman Who Witnessed the Crucifixion and Resurrection of Jesus' (2017) マグダラのマリアに関する本は両極端に分かれる。 マリアを「使徒の中の使徒」(apostolorum apostola)と認めるが、四福音書に書かれたことに厳格に立脚する立場がひとつ。['apostol

[映画] パゾリーニの詩学

Il Vangelo secondo Matteo (1964) 「奇跡の丘」(伊・仏、1964) 監督・脚本:ピエル・パオロ・パゾリーニ Enrique Irazoqui: Cristo Margherita Caruso: Maria da giovane Susanna Pasolini: Maria anziana Marcello Morante: Giuseppe Mario Socrate: Giovanni Battista 無神論者が作った映画がこれほど

[書評] 新約聖書 (11) ラゲ訳

新約聖書のマタイ22章37節の新共同訳「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」を読み、〈精神を尽くし〉の表現に疑問を抱いたことが出発点で、原語のギリシア語やヘブライ語を調べ、佐藤訳や共同訳で衝撃を受け、その後の新しい共同訳をながめ、塚本訳を読み、あれこれ考える旅の11回めです。 旅の最初に結論として書いた通り、新共同訳で感じたもやもやは、ラゲ訳を読んで、やっとすっきりしたのでした。今回はそのラゲ訳を見ます。 1910年に刊行された際の

[書評] 新約聖書 (10) 塚本訳のしらべ

新約聖書のマタイ22章37節の新共同訳「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」で〈精神を尽くし〉の表現に疑問をもち、ギリシア語、ヘブライ語を調べ、佐藤訳や共同訳で衝撃を受け、その後の新しい共同訳をながめつつ、関連書をめぐる旅の途中の10回めです。 結論めいたことを言うのは早すぎますが、共同訳的プロジェクトは良い面がたくさんあるとは思うものの、各方面への配慮を抜きにすることはできず、どうしても翻訳そのものの純粋性とか純一性といった側面は弱

[書評] 新約聖書 (8) 新共同訳

聖書の関連書をめぐる旅に出るきっかけとなった新共同訳は、おそらく最も普及している聖書のひとつでしょう。新約聖書の部分の底本は『ギリシア語新約聖書(修正第三版)』(聖書協会世界連盟)。 新共同訳は広く一般に受容されていると言われるだけに、この旅で問題にしている箇所(「精神を尽くし」)が、読者にどのくらい届いているかは気になるところです。 『引照つき 聖書 新共同訳 旧約聖書続編つき』(日本聖書協会、1993) あらためて、問題の箇所、新約聖書のマタイ22章37節を見てみま

[書評] 新約聖書 (7) 共同訳のおどろき

新約聖書のマタイ22章37節の新共同訳「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」へ疑問をもち、ギリシア語、ヘブライ語を調べたあと、佐藤訳で衝撃を受け、再びギリシア語を考え、関連書をめぐる旅の途中の7回めです。 今回は、新共同訳になる前の共同訳、その名も「共同訳」の新約聖書をみます。1978年に発行されました。底本は『ギリシア語新約聖書 第三版』(聖書協会世界連盟、1975)。 『新約聖書 共同訳・全注』(講談社学術文庫、1981)[堀田

[書評] 新約聖書 (2) 基本テクスト+辞典

ギリシア語本文+辞典の使いやすい本で或ることに気づく 新約聖書のマタイ22章37節(「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」)の日本語訳について書くために、考える前提となる本の個人的まとめシリーズの2回めです。 1回めに扱った新約聖書翻訳の基本書である ネストレ=アーラント・ギリシア語新約聖書第26版 と同じ本文をそなえ、基本語の辞典を付けた使いやすい本を次に見ます。 Aland, Karavidopoulos, Martini,

[書評] 久保有政の第3ローマ帝国論

「ムー」2022年8月号(ワン・パブリッシング、2022) 世界は急速に聖書預言通りの終末に向かいつつある 「ムー」2022年8月号の総力特集記事〈第3のローマ帝国「露西亜」の黙示録大預言〉(久保有政)について(14–37頁)。 聖書を軸にして世界情勢を分析する人たちの間で共通に取上げられる最近の問題がまとめて論じてある。この視点は地政学的分析家の多くも共有していると思われる。 ただし、評者は本書での著者の意見に必ずしも賛成でないことは断っておきたい。 * 著者の

[書評] 目にあまる巨人族という水脈

泉パウロ『異種交配生物の未来——恐竜と巨人(ネフィリム)は堕天使のハイブリッド!』(ヒカルランド、2019) 目にあまる巨人族という水脈 英米の書物やジャーナリズムを読んでいると時々 'biblical' という単語に出くわすことがある。これは辞書にある「聖書にある」「聖書の」というニュアンスではない、もっと大きな(歴史的)判断を述べるときに用いられる。 日本の論説文の用語でいうと〈世界史的な〉(出来事)などという言い方が近いであろうか。 彼らの意識の中では〈聖書に

【書評】聖書事業懇談会講演録1

聖書事業懇談会講演録1 (日本聖書協会、2017) 意味は出会いによって生まれる2018年12月に出版された『聖書 聖書協会共同訳』に向けて作業中の翻訳委員の貴重な講演が収められている(2017年刊)。 聖書協会として30年ぶりの新訳はスコポス翻訳理論を採用した翻訳。しかし、翻訳の原稿は1稿から8稿までの段階があり、画期的な案も最終的に日の目をみるとは限らない。 本書には翻訳の途中の興味深い断面が記されている。 石川 立氏の「聖書を耕す ——聖書との新たな出会いのため

[書評]詩篇(岩波版)

松田伊作訳『詩篇』(岩波書店、1998) 岩波書店の「旧約聖書」シリーズの第11分冊。岩波の聖書は単なる詳注版でなく、訳にも大胆な新解釈がもりこまれ、スリリングな巻が多い。 岩波版旧約聖書の特徴は四つある。 1. ヘブライ語原典に従った範囲および配列。 2. 内容理解への補助手段。 3. 訳者名の明示。 4. 翻訳の不偏性。 他と比べて際立つのは3番目の特徴だ。最終的な文責を個人が負う。 ヘブライ詩の並行法はすべての詩の基本原理を解き明かす上で重要なので、およそ詩に