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Book/Film Reviews

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書評集
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記事一覧

[書評] 日本とユダヤの古代史&世界史

田中英道、茂木誠『日本とユダヤの古代史&世界史』(ワニブックス、2023) 〈ユダヤ人と日本人の古代における文化交流〉。 一言でいってしまうと、本書のテーマはこれだと田中氏は言う。一大ドラマであるとも。 従来、日本の文化は、中国や朝鮮から来たとも言われていた。そういった狭い考えの完全な否定である。さらに、サミュエル・ハンチントンが言うように、日本文明は世界八大文明の一つであると。こう田中氏は述べる。 つまり、中国や朝鮮と異なる、確固たるオリジナルの日本文化があるという

[書評] フルフォード氏の近著

フルフォード氏の近著(2024) 2024年3月時点の地政学的分析 毎週フルフォード氏の英文による地政学レポート(Weekly Geo-Political News and Analysis)を読んでいる人でも、世界各地の個別事象の背後にある事情や日本との関りなどについては、足をとめてじっくり考える時間がないかもしれない。本書はそういう人のためにも、考察の糧を与える書といえる。 個々の事象を扱う週刊レポートでは、詳しい説明や根拠を挙げたサイトのURL、また(明かせる範囲

[書評] 歌わないキビタキ

梨木香歩『歌わないキビタキ 山庭の自然誌』(毎日新聞出版、2023) 自然観察に共感しつつも人事観察には諸手を挙げかねる 2020年6月から2023年3月にかけて書かれた最新エッセイ集。 梨木香歩は小説とエッセイとでは違う反応を読者から引出しかねない。小説の愛読者ではあっても、エッセイには反感を覚えることがあり得る。 小説は、小説というフィクショナルな時空を拵え、読者もそういうものとして読む。 ところが、エッセイ、特に時事的問題についてのエッセイは、そうも行かないこ

[書評] ライロニア国物語

レシェク・コワコフスキ『ライロニア国物語』(国書刊行会、1995) ポーランドの哲学者による奇想天外な短篇集 ポーランドの哲学者/作家レシェク・コワコフスキの短篇集(1963)。 原題は '13 bajek z królestwa Lailonii dla dużych i małych'(大人と子供のための13のおとぎ話)。1989年に英訳が 'Tales from the Kingdom of Lailonia and the Key to Heaven' の題で出

[書評] 超訳 古事記

鎌田東二『超訳 古事記』(ミシマ社、2009) 古事記を口承の物語として記憶にとどめる これほど記憶に残る古事記は初めてだ。 もともと口承の物語だった古事記を宗教学者が語り直し、それを編集者が文字起こしし、整えてできたのが本書だ。記憶の中から語り、それを聞いた人が書きとめるという、古事記成立と同じプロセスを現代においてやったわけだ。 そういう本書だから、読む/聴く人の記憶に残るのは当然と言えば当然。 そういう口承性に関心があれば、ぜひとも、著者朗読の Audible

[書評] 左脳さん、右脳さん。

ネドじゅん『左脳さん、右脳さん。』(ナチュラルスピリット、2023) マインドフルネスに至るもう一つのシンプルな道 マインドフルネスの方法指南書はいろいろある。これはマインドフルネスの捉え方がいろいろあることから来ている。 本書の場合はマインドフルネスはざっくり言えば「悟り」と呼ばれる状態をさす。〈あたまのなかをぐるぐるまわっているひとりごとの思考が完全に消えて無くなった〉状態と、著者は説明する。 あくまで〈ひとりごとの思考が完全に消えて無くなった〉状態であり、〈思考

[書評] 魔法の言葉88

矢作直樹『魔法の言葉88』(ワニブックス、2022) 猫のように自分軸を持って生きる と、言われても、やや困る。よくわからない。 著者はさっそく助け舟をだす。 〈泰然自若として空を見上げている猫の姿〉を思い浮かべてもらえばいいと。 こんな感じか。(下) 「自分軸」に近いところにいるときの自分が自分らしさということだという。 そのときに大事なのは、〈自分にも周りにも感謝を持って眺めた「自分軸」〉だと。 この〈感謝〉がポイントで、〈自分への感謝を通して先祖にも感謝

[書評] 紫式部と藤原道長

倉本 一宏『紫式部と藤原道長』(講談社現代新書、2023) 紫式部は実在したと聞いて安心する 〈後世、紫式部と称されることになる女性は、確実に実在した。(中略)藤原実資の記した古記録である『小右記』という一次史料に「藤原為時の女(むすめ)」として登場して、その実在性が確認できる〉と、いきなり本書は始まる。 同様にして、和泉式部は実在したが(藤原道長の『御堂関白記』に江式部として登場)、清少納言は(一次史料に名前が出ないので)実在したかどうかは〈百パーセント確実とは言えな

[書評] 絵合

紫式部「絵合」(11世紀) 「伊勢物語」復権の観点から最重要の巻 源氏物語の第17帖「絵合」の意味合いについて考える。 * 時の帝は冷泉帝(源氏と藤壺の子)である。そこへ前の(伊勢)斎宮が入内し、梅壺に住まう。以後、梅壺の御方と呼ばれる(後の秋好中宮)。 この梅壺は亡き六条御息所(源氏の恋人)の娘で、源氏は自らの二条東院へ引取り、養女として育てていた。 若い冷泉帝には9歳年上の梅壺は馴染めなかったが、絵という共通の趣味をきっかけに、寵愛が増す。 先に娘を弘徽殿女

[書評] 文藝春秋 2024年4月号

「文藝春秋」2024年4月号(文藝春秋、2024) 峯澤典子「仲見世」を読む 詩誌でなく、めずらしく総合誌に掲載された峯澤典子氏の詩「仲見世」をまず読む(89頁)。 氏にしては短い10行の詩だが、他の人のエセーの頁の真ん中に挿入される形だから10行以内というような制限があるのだろう。 詩は次のように始まる。 花の雑踏で 別れ ふたたびめぐる はるのはじめの仲見世で なごりの ゆき か 花びらになったあの人が 短い詩なので何度も読返す。仲見世という空間に「ふたたびめ

[書評] 吉野奏美氏の近著

吉野奏美『霊感体質かなみのけっこう不思議な日常 10』(三栄書房、2021) この世は仮想空間で真実はその外側にある 本書では著者が知ったさまざまの人物の言葉が紹介される。その中で、サンジェルマン伯爵が仮想空間のことについて始めに発言する。 この世は仮想空間で真実はその外側にあるのです! (64頁) 同様の趣旨は他の登場人物たちも発言する。いろいろな譬えを使っても説明される。 が、はっきり言って、この言葉を理解するのは通常の3次元思考では難しいかもしれない。 この

[書評] 葵

紫式部「葵」(11世紀) そらに乱るるわが魂を をめぐって 源氏物語の第9帖「葵」の全体ではなく、「そらに乱るるわが魂を」の歌(源氏物語和歌番号117番)の諸問題についてふれてみる。 この歌は六条御息所(源氏の恋人)がもののけとなって葵(源氏の正妻)にとり憑く物語の中に出てくる。弱った葵の様子を心配して加持祈祷を行わせている最中に、源氏の前で葵の声がする。 嘆きわび空に乱るるわが魂を結びとどめよしたがへのつま 大まかに言って、この歌には次の問題がある。 ① 歌のテ

[書評] 世界を統べる者

矢作 直樹、宮澤 信一『世界を統べる者——「日米同盟」とはどれほど固い絆なのか?』(ワニブックス、2022) エネルギーと食糧は極論すれば日本はやがて自立できる 日米安保の背後にあるMSA協定(Mutual Security Act)について知りたい人にはおそらく必読書。(誤植をもう少し減らせば)日本人の必読書にもなり得る書。 矢作直樹(東京大学名誉教授)と宮澤信一(国際実務家)の両氏が戦後の日米関係の背後にある構造的な仕組みを中心に縦横に語り合った書。 人によっては

[書評] 花宴

紫式部「花宴」(11世紀) 物のあはれと 朧月夜 源氏物語の第8帖「花宴」を読む。源氏は桜の宴で漢詩を作り、「春の鴬囀るといふ舞」を披露する。宴が終り、月の美しい晩に誘われ、酔心地の源氏は、藤壺周辺を訪ねるが戸が閉まっている。弘徽殿の渡り廊下で、ふと「朧月夜」の古歌を口ずさむ美しい声を耳にする。 歌っていた女性が源氏の近くへやって来たので、とっさに袖を捉えると、「 あな、むくつけ。こは、誰そ」(あら、嫌ですわ。これは、どなたですか[渋谷栄一訳])と言う。 そこで源氏は