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Book/Film Reviews

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書評集
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#ボブディラン

[書評] ソングの哲学

ボブ・ディラン著、佐藤 良明訳『ソングの哲学』(岩波書店、2023) ポピュラー・ソングの全貌を見通すような本書を捧げる相手としてディランはある人を選んだ ボブ・ディランは誰に本書を捧げたのか。 ドク・ポーマスである。 この名前を聞いてピンとくるような人を除けば、本書は、尽きることのない興味がわいてくる、知的刺激にあふれた書である。 ちなみに、Doc Pomus (1925-91) は、本書の終わり近く、第63章のうた 'Viva Las Vegas' の共作者の名

[書評] 予言/預言詩人ディラン

ディランの〈模倣〉imitatio の詩的技法を探求するなかで、著者ファルコ(Raphael Falco)は、アルバム 'Rough and Rowdy Ways' (2020) および同アルバム所収の 'Murder Most Foul'(ケネディ米大統領暗殺を扱った、ディランが録音した最長の歌)について、こう述べる。〈アメリカの最重要の予言詩人の再出現〉(the reemergence of America's foremost vatic poet)を画するものだと。

[書評] この世のどこかにディランとジョンの共演テープが眠っている

基本的には音楽史の本。ビートルズとボブ・ディランの関りを、伝記や自叙伝、当時の証言や、メディア記事などをもとに、描きだす。興味深いエピソードも満載である。 しかし、評者には、本質をつきつめると、二人の詩人、あるいは二人の音楽家が、言葉と音楽について、深いところで交流したことの一端にふれることができるのが、なによりありがたいことに思える。 ジョン・レノンとボブ・ディランである。 〈この世のどこかにディランとジョンが共演したテープが眠っている〉と著者は書く。 それが本当だ

[書評] ミューズに願立てする

近く来日するディランが唄うと思われる歌に、'Mother of Muses' がある。アルバム 'Rough and Rowdy Ways' (2020) の中でも、もっとも優しい、穏やかな歌である。伴奏の音楽も控えめだ。 〈ミューズの母〉とはだれのことだろう。歌の中では、カリオペーの名前が出てくる。 カリオペーはギリシア神話でムーサたちの一人で、叙事詩をつかさどる女神だ。確かに、歌の中にはパットンやシャーマンといった、歴史上の戦の強者の名前も出てくる。 しかし、そのミ

[書評] 詩的慰めかどうか

Margotin & Guesdon, 'Bob Dylan All the Songs: The Story Behind Every Track Expanded Edition' (2022) マルゴタンらの有名なボブ・ディラン全歌解説書が改訂版を出し、アルバム 'Rough and Rowdy Ways' の全曲を扱ったことで、大いに期待した。迫る来日公演では、同アルバムからの曲が半分を占めるだろうからである。 そのアルバム全体について、著者らは〈破滅に瀕した世界

[書評] ディランが傑作をかくとき

ヘイリン(Clinton Heylin) のこの本は、近く来日するボブ・ディランがやるであろう歌 'When I Paint My Masterpiece' に言及するとき、必ず引用される。または意識される。 この歌は、直近のヨーロッパ公演(2022年9-11月)でやられており、もうひとつ、同じ時期の 'Watching The River Flow' と共に、日本でも必ずやるだろうと予想される。 なぜか。それは、この2曲がボブ・ディランの〈カムバック〉を象徴する歌だから

[書評] ディランの歌の詩テクストの真の姿を知るために

大きい本だ。そして重い。 リクス(Christopher Ricks)らによるボブ・ディラン詩集の校訂版。 来日直前のボブ・ディランの歌詞を英詩として検討するためには、この本が欠かせない。 なぜか。 他に類書がないからである。 もちろん、ボブ・ディランの公式サイトや、公式詩集がある。だが、そこに載っている英文は、著作権登録されているテクストに過ぎない。英詩として成立つかどうかの校訂はされていないので、そのままでは分析に堪えない。 英詩として成立つかどうかは、どうや

[書評] ディランに降りてきた歌

ヘイリン(Clinton Heylin) は伝記作家と思われているけれど、実はテクストの変遷に隠された真相を鋭く追求するひとでもある。その様子を少し見てみる。 いよいよ来月(2023年4月)に迫ったボブ・ディランの来日公演でも、ひょっとしたら直近のヨーロッパ公演(2022年9-11月)などと同じく、コンサートの最後に 'Every Grain of Sand' をやるのではないか。 そこで、その歌のテクストの変遷をめぐるヘイリンの指摘を見てみよう。 ヘイリンによれば、こ

[書評] ディランの最も崇高な歌

来日が迫るボブ・ディランの直近のダブリン公演の曲目を中心に、参考になる本を取上げる。 2022年11月7日の ダブリン公演 の曲目リストの最後は、'Every Grain of Sand' だ。アルバム 'Shot of Love' (1981年) に収められた歌である。 U2 の Bono は本歌について次のように発言している。 It's like one of the great Psalms of David. この歌はダビデ王の偉大な詩篇の一篇のようだ。 これ

[書評] 青本の佐藤良明訳は分かち書きされた散文詩のようには読めない

ボブ・ディラン『The Lyrics 1974-2012』(岩波書店、2020) ※ 84歳まではライヴを続けるというボブ・ディラン(まもなく82歳)が来日するのにあわせ、しばらくディラン関連の書を取上げます。 * アルバム《血の轍》(1974)から《テンペスト》(2012)までの自作詞全187篇を対訳で収録した本。それ以前のアルバムは『The Lyrics 1961-1973』に収められている。前半が「赤本」、後半が「青本」と呼ばれる。 前半 (赤本)について評者は

[映画] 本物以上に本物らしい

どう見てもあの二人に見える。 そう、ボブ・ディランとアレン・ギンズバーグに。 だが、違う。本当は Cate Blanchett と David Cross だ(映画 'I'm Not There')。 *** この映画はディランの「伝記」映画なのだが、6人の俳優がディランのさまざまな側面を演じるという実験的なところがある。ぼくはケート・ブランシェットの演じるボブが一番かっこいいと思う。 *** 「ディランと映画」の章をある本で読んでいて、自分があまりにも少ししか見

【映画評】Rolling Thunder Revue

Rolling Thunder Revue: A Bob Dylan Story (Netflix, 2019; dir. Martin Scorsese) Netflix オリジナル。2019年。 ボブ・ディランの1975年の公演旅行のもようをマーティン・スコーセイジ (Martin Scorsese, マーティン・スコセッシ) 監督が(一部ドキュメンタリの)映画にした。 はじめに言っておかなければならないのは、映画としては実に力のある映画であることだ。ディランやギン

[映画評]'I'm Not There'

泣けるほどいい映画だ。 音楽も抜群。ボブ・ディランの伝記映画といってもいいし、彼が死の直前に見る人生の走馬燈のような映画といってもいい。映像も美しい。 すべてがシームレスにつながっている。 映画としての作りはきわめて実験的だけれど、まったくそんなことを感じさせない。 ディランの少年期から壮年期までを六人の俳優が演じる。中には女優もいる(Cate Blanchett)。本当はもっとたくさん必要なくらいだろうが、2時間余りという映画の枠ではこのあたりが限界だろう。ともか

[書評] If Not for You

Bob Dylan, David Walker (pictures), 𝐼𝑓 𝑁𝑜𝑡 𝑓𝑜𝑟 𝑌𝑜𝑢 (Atheneum Books, 2016) ボブ・ディランの有名な歌が絵本になった。ディランの歌を絵本にしたのは 'Forever Young' (2008) という先例もある。 まず、ディランの歌を知る人は当然の疑問がわくだろう。 ・ディランの歌を絵本にできるのか ・ディランの歌が子供に分るのか どちらも難問だ。本書が出た2016年にはボブ・ディランはノーベル文学