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[書評] If Not for You
Bob Dylan, David Walker (pictures), 𝐼𝑓 𝑁𝑜𝑡 𝑓𝑜𝑟 𝑌𝑜𝑢 (Atheneum Books, 2016)
![](https://assets.st-note.com/img/1644475038540-OCFDZDqYMi.jpg?width=1200)
ボブ・ディランの有名な歌が絵本になった。ディランの歌を絵本にしたのは 'Forever Young' (2008) という先例もある。
まず、ディランの歌を知る人は当然の疑問がわくだろう。
・ディランの歌を絵本にできるのか
・ディランの歌が子供に分るのか
どちらも難問だ。本書が出た2016年にはボブ・ディランはノーベル文学賞を受賞している。同賞を受賞する詩人の作品には難解なものが多いが、ディランも例にもれない。
それでもこの本が出たということは、子供にも分る普遍性のようなものをこの歌に認めたのだろう。
それにしてもディランはこの歌を妻のために書いた。つまり、大人の男女の愛が描かれている。そのままでは子供が読む絵本になりにくい。そこでどうしたか。男女の愛を親子の愛に転換した。確かに、この歌をそう解釈することも可能だ。妻の名を出しているわけではないから。普遍的な愛の歌として捉えることもできると、逆にこの絵本から教わった。
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本書のテクストは、歌の詩がそのまま使われている。ただ、4連は、3連とほぼ同じためか、省かれている。同じような内容を繰返して絵本で描くのは難しい。できないことはないだろうが、子供がおそらく飽きる。
デーヴィド・ウォーカの絵は愛すべきものだ。本篇が始まる前と後に犬の8態を描いた絵があるのだが、ここでもう心をつかまれてしまう。この犬は本篇が始まると分るが、仔犬のほうだ。仔犬がいろんなポーズを取っていて、見飽きない。〈この子にどんなことが起きるのだろう〉と、話が始まる前から興味をかきたてられる。
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最初のページをみると、'If not for you' (もしきみがいなければ) と、歌のタイトルと同じことばが書いてある。そのページの絵は、親犬がいないいないのポーズ (両手を目に当てる) を取りながら、片目で木陰にのぞく仔犬をちらっと見ている。
この絵を見た瞬間、子供は、ああ、親は見ていないようで実は子を見ているのだなと直観し、安心する。きみがいなければ、と言われても、そこは安心していいのだと思う。
次のページをみると、'Babe, I couldn't find the door / Couldn't even see the floor' (ドアが見つからないよ/床さえ見えないよ) と書いてある。ところが、絵のほうは、困ったようすの親犬の背景に仔犬のしっぽが木からのぞいている。
この絵を見ると、子供は、ああ、親は子供の姿が見えないとパニックになると言いながら、自分のしっぽは見えているのだなと、これまた安心する。
ディランの元の歌は、愛するひとがいなくなれば世界は崩壊するという、恋愛歌の常套句を展開したものだが、こと親子の関係になれば、親は子の姿を見失うことはないのだと、子供は安心させられる。
どちらも愛の大きさを誇張をこめて表現しているが、この絵本では犬の親子のきずなが浮かび上がるように、絵が描かれている。
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歌の2連は、もしきみがいなければ、眠ることもできず、朝の光も新たな光ではなくなると、宇宙まで変貌してしまうことをうたう。この絵本では寝室の絵が描かれている。窓からは月が見えている。壁には仔犬の肖像画がかかっている (下)。
![](https://assets.st-note.com/img/1644483184955-vv5oah3itM.jpg?width=1200)
この絵を見たときに、ブラウンの絵本 'Goodnight Moon' の寝室を思い出した。そうか、これは窓の月と壁の絵を同じ画面に描く絵本の伝統をふまえているのかと分った。そのとたんに、'Goodnight Moon' の絵本の世界がぱあーっと心の中にひろがる。ナンセンスな世界観もぜんぶ頭にはいる。たとえ、宇宙のことでどんなに変てこりんなことを言われても、ぜんぶ受け入れられる心の度量がうまれる。これはすごい。
ブラウンの絵本に始まる寝室の絵の伝統が、子供に一瞬にして自己と宇宙との関係をさとらしめ、ゆるがぬ親子の情をも、語らずして伝えることを可能にしている。絵本の伝統は侮れぬと思う。
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