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『色の手帳』ノート

小学館
2021年3月28日

 昭和61年に発刊されたこの本は、色の手帳とはいっても単なる色見本帳ではなく、「四季の風物が育んだ日本の伝統色名を思い起こし、新たに定着しつつある慣用色名をたしかめ、多彩な色の世界をより豊かに享受するための参考図書」(前書き)である。

 日本の伝統的な色の名前と、今日一般的に使われている色名を358色選んで、色名ごとに色見本を載せ、その材料や製造方法、生まれた由来や色の名の由来、さらにわが国の古典から近現代までの文学作品などに現れてきたそれぞれの色の用例を掲げており、文学作品のように楽しみながら眺められ、あるいは読める本である。

 一見同じ黒色に見えるものでも、材料によって微妙な色合いの違いがあり、違った名前が付けられている。例えば、黒系統の種類は、「蝋色・呂色」、「墨色」、「赤墨」、「青墨」、「紫黒色」、「黒」、「漆黒」、「暗黒色」などがある。黒は本来あらゆる波長の可視光線を吸収する物体を見て感じられる色であり、完全な黒は現実には存在しないとこの本にはある。

 余談であるが、数年前にマサチューセッツ工科大学(MIT)で、ある研究の最中に偶然「史上最黒の素材」を作りだしたというニュースが流れた。材料はカーボンナノチューブで、光吸収率が99・995%で、従来の素材の10倍の吸収率だそうだ。どんな風に見えるのだろうか。ブラックホールのように(見たことはないが)見えるのだろうか。

 私の学生時代に、〝グレープ〟というデュオがあり、その1人は有名なさだまさしであったが、そのヒット曲の「精霊流し」の歌詞に、亡くなった友人の年老いた母親の着物は〝浅黄色〟というのがあった。
 私はその当時、この色は薄い黄色なんだなと単純に思い込んでいたが、この本を開くと、「〝浅葱〟は、薄いネギ(葱)の葉の色の意。古くは、「浅黄」と書き、薄い黄色をも言った。緑みの青。古い〝浅黄〟の色合いにも諸説あり、色見本では近来の〝浅葱〟の色を示すにとどめた。」と書いてあり、緑がかった青なのか、薄い黄色なのか、一体どっちなんだと言いたくなる。歌詞の漢字は「浅黄色」となっているので、さだまさしがどちらの色を見てこう書いたのか本人に聞いてみたい気がする。

 話が脱線したが、色見本をみて私が「これは赤だよな」と感じる色にも、「今様」、「苺色」、「チェリー」、「紅色」、「紅・呉藍」、「唐紅・唐紅」、「深紅・真紅」、「茜色」、「赤」、「紅赤」、「シグナルレッド」、「緋色(スカーレット)」と12種類もあった。それがまた見比べると確かに微妙に違っているのである。
 他の色も単なる青や緑や灰色ではなく、それこそ多種多様で、それにまたそれぞれに名前が付いていることが凄いと思う。

 そしてそれよりも何よりも、この本を作った方々の、編集過程での色見本作成時のご苦労を思う時に、本当に頭が下がる思いがする。その大変さは、むかし出版社で仕事をしていた自分には想像がつく。
 このような仕事が伝統文化を伝承し、次世代に引き継ぐ出版人の大事な役割なのだなと感じ入った次第である。

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