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『絶望名言』ノート

頭木弘樹・NHKラジオ深夜便制作班
飛鳥新社 刊

 noteには、古今東西の歴史的人物が書き、あるいは言い残した数々の言葉が紹介されている。そういえば、私もトルストイの『文読む月日(上・下)』を紹介したことを思い出した。
 これらのいわゆる〝名言〟は、ある人にとっては生きる力や考える力を与えた言葉となり、自分の人生の大きな転機になったとして、座右の銘とされている方もおられるであろう。

 本屋で平積みされていたこの本の装幀と書名を見て一瞬ひるんだが、手に取ってみた。

 頭木弘樹氏(かしらぎ ひろき・文学紹介者)が選んだ〝絶望名言〟を巡っての、NHKの〈ラジオ深夜便〉でのアナウンサーとのやりとりをそのまま本にしたらしい。
 何かで悩んでいる人には、普通は「明けない夜はないから」と慰めごとを言うのだろうが、「明けない夜もある」なんてことは間違っても言わないだろう。それを聞いた方は〝絶望〟するだろうなぁ。そんな言葉がいろいろ紹介されている。

 最初に紹介するのは、『変身』で有名なカフカの言葉――「ぼくは人生に必要な能力を、なにひとつ備えておらず、ただ人間的な弱みしか持っていない」、「無能、あらゆる点で、しかも完璧に」――これを読んだ時に、『変身』の冒頭の有名な一節、「ある朝、目が覚めたらベッドの中で虫になっていた」を思い出した。どこか通底するものがある。
 カフカの章の最後に次の言葉が引用されている。
「将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。将来にむかってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです」。
 この言葉にある種のユーモアも感じるのは、私だけだろうか。坂本龍馬の言葉といわれる「死ぬときは、たとえどぶの中でも前向きに倒れて死ね」との対比が面白い。(絶望名言なのに面白いなんて不謹慎だろ……カゲの声)

〝希望の人〟ともいわれるゲーテは、「絶望することができない者は、生きるに値しない」と言っているが、この言葉は、私には〝激励〟に聞こえる。

 日本人では太宰治の言葉――「だめな男というものは、幸福を受取るに当たってさえ、下手くそを極めるものである」(『貧の意地』)、「弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。幸福に傷つけられる事もあるんです」(『人間失格』)、「生きている事、生きている事。ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業であろうか」(『斜陽』)――さすが太宰。実に暗い……。
 このまま引用していると気分がめいるので、最後にシェークスピアの言葉を――「不幸は、ひとりではやってこない。群れをなしてやってくる」(『ハムレット』)、「『どん底まで落ちた』と言えるうちは、まだ本当にどん底ではない(『リア王』)――さすがシェークスピアだ。身も蓋もない〝絶望名言〟だ。
 はじめに紹介した「明けない夜もある」(著者の大胆な意訳のようだが)もやはりシェークスピアの戯曲『マクベス』の中の言葉だ。

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