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『キネマの神様 ディレクターズ・カット』ノート

山田洋次×原田マハ
文藝春秋刊

 原作の映画化にあたって、脚本化するのに、加筆・修正するのは通常あることであるし、中には、同じ原作者の作品を2つ3つ融合させて一つの作品として脚本化することもある。しかし、この原作『キネマの神様』は、脚本化によって大幅な変更がなされ、別の作品として出現した。

 そしてこの出来上がった脚本の初稿を、原作者に送って読んでもらったところ、原田マハさんからは、「大きな変更です。しかし見事な変更です」「なによりも素晴らしいのは、本作を監督自身のものになさっていることです」とのお褒めの言葉が返ってきたという。

 先日、映画『キネマの神様』を観ての感想をnoteに書いたが、その時に買ったパンフレットで、『キネマの神様 ディレクターズ・カット』という本があることを知り、早速買って読んだ。山田洋次監督が、原作者の原田マハさんにこの脚本のノベライズを頼み、それに原作者が応えて書き上げたというのだ。このような経緯を経て書き上げられた作品を私は寡聞にして聞いたことがない。

 面白い! 映像だけでは表現できないような心理描写が見事である。
 また、その中にさりげなくユーモアを溶け込ませており、マハさんの遊び心が垣間見える。
 たとえば、沢田研二演じるゴウの事をこう書いている。
「どれくらい色男だったかと言うと、三、四十代の頃は遠目に見ると沢田研二に似ていると思えなくもないくらいだった。角度によっては志村けんに見えることもあったが。にしても、アルコール中毒とギャンブル狂と多重債務を相殺するほどの色男だったかというと、さすがにそれはないと思う。」
 ここを読んだ時、私は吹き出した。そしてマハさんはいたずら好きだなと思った次第である。

 また、若い頃、ギターが弾けるとゴウから聞いたテラシンに、淑子がこう言う。
「今度、ギター聞かせてくれますか? 私、グループ・サウンズが好きなんです。タイガースの『花の首飾り』とか。弾けますか?」と問いかける。
 ただし、『花の首飾り』のメインボーカルはジュリー(沢田研二)ではなく、トッポ(加橋かつみ)であるが…。
 また、ゴウは娘の歩にこう言う。
「映画っていうのは監督のものだから。だから、ディレクターズ・カットがなんと言ってもいちばんなんだよ。」
 まさに山田洋次監督への敬意に溢れている科白だ。

 最後に、ひとつだけ。
 映画のパンフレットでは、この映画のノベライズについて、マハさんは、「最後の最後に、私は、最高のギフトを山田監督と松竹からいただいた。『キネマの神様』の脚本をノベライズする――という仕事である。」と書いている。
 しかし、この『キネマの神様 ディレクターズ・カット』のあとがきに山田洋次監督は次のように書いている。
「原田さんがこの映画のノベライズを、自分の手でしてくださるという話をプロデューサーから聞いてびっくりした。」

 プロデューサーも粋なことをしたものだと思う。

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