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『サーカスの少女』ノート

植木雅俊著
コボル刊

 260ページもある本を、あっという間に読んでしまった。とにかく懐かしい内容にあふれる本だ。
 島原弁、島原周辺や有明海の様子、地域の大人たちや教師に温かく見守られ、成長する子どもたち、貧しい生活がある意味当たり前の時代の、皆が寄り添い合い助け合って生きている空気感……昔はよかったなどというつもりはないが、自分の子ども時代を思い出して、この本を二度味わうことができた。夜店のアセチレンランプの何とも表現できない臭いも蘇ってきた。

 私も父親が病気がちで、ほとんど無収入で、小学校2年生の頃から新聞配達、牛乳・ヤクルト配達などをして、ささやかながら家計を支えていた。そして学用品などを公費で買ってもらえる学童扶助も受けていた。同じような様子がこの本にも出てくる。

 作者は私と同じ昭和26年生まれの仏教思想研究家で、在野ながら誰も成し遂げることのできなかったサンスクリット語から訳した『梵漢和対照・現代語訳 法華経』(上・下巻 毎日出版文化賞受賞)をはじめ、多くの著作を刊行されている人文科学博士である。
 そんな方が書かれた小説はどんなだろうと興味津々で開いた。

 主人公の山田孝は6歳で、2歳違いの兄の英雄と2歳年下の妹の美知子、そして病弱な父親の一馬と、新聞の集金で家計を支えている働き者のミズエの5人家族。一馬の事業の失敗で、一家は有明海に面した城下町の島原市に引っ越してきた。引っ越した先の大家の家には孝と同じ歳の太田則秋がおり、すぐに仲良くなって、小学校に上がっても同じクラスになって、二人は学校に行く時も遊ぶ時もいつも一緒で、この二人を軸に物語が展開していく。  
 また則秋の祖父の梅三じいさんは子どもたちに何でも教えてくれるちょっとした発明家で、自作の機械で綿菓子を作って食べさせてくれたり、いろんな事を子どもたちに教えてくれる存在だ。

 孝の家の近くの広場にサーカス小屋があり、年に1回多くの出店や見世物小屋が並ぶ〝初市〟が立ち、そこに多くの動物とともにサーカス団がやってくる。そのサーカス団で両親が働いている小野雪子は、来年小学校に上がる年齢だ。父親は象使いをしている。
 サーカス団は全国を興業して回るので、学齢期の子どもも同じ学校に続けて通学することができず、短期間のうちに転校を繰り返す状態だ。それを不憫に思った一年生の孝は則秋と一緒に、ある日、自分たちの学校に連れて行き、教室に入って雪子に学校というものを味わってもらおうとした。
〝孝先生〟は雪子にひらがなで「ゆきこ」と黒板に書いてみせる。雪子はそれを紙に「ゆ き こ」と書いてポケットにしまう。その情景を教室の入口のガラス越しに見守っていた孝たちの担任の酒井スミ先生は、そっと教員室に戻るのだった。

 サーカスの興業は10日間で終わり、いよいよ二人と雪子はお別れの時が来た。出発の前夜、孝の家に雪子は両親を連れてお別れの挨拶に来た。先に則秋の家に寄ってきたのであろうか、則秋と両親と梅三じいさんも一緒だった。大人たちはサーカス団での生活や次の行き先のことで話が弾んでいたが、孝は明日何時に出発するのか気が気でなかった。

 ずっと黙っていた雪子は帰る時になって、父親に、孝と則秋を花子に乗せてあげてと頼むのだった。父親は、それはいい考えだと象の背中に3人を乗せてくれた。その象の背中で3人は満天に輝く星を背景に流れ星が光るのを見た。

 孝は夜空の星の光は何万年も何億年も昔に旅立ち、いまようやく地球に届いているという一馬の話を思い出した。そして知り合ってまだ1年足らずの則秋と、わずか10日ほどの雪子と、こうして何億年も昔の星の光を一緒に見ていると、この3人がずっと遙か昔から見えない糸で結ばれていたような不思議な思いにとらわれたのだ。
 その時、さっきよりも大きな流れ星が、長い光の筋を残して走った。その時、孝と則秋は〈雪子ちゃんが、学校に行けますように〉と同じことを祈っていた
 この場面はこの作品の白眉だ。子どもたちの友情の根源を、3人でこうして時空を超えた広大な宇宙を見つめていることの不思議さに重ねている。

 この小説は作者の自伝的小説のようだが、場面の一つひとつに作者の子ども時代の豊かな自然と人間のやさしい営みが描かれており、珠玉のエピソードで溢れている。
 子どもから大人まで読んでもらいたい作品だ。

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