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『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』ノート

ミック・ジャクソン著
田内志文訳
デイヴィッド・ロバーツ絵
東京創元社刊

 友人がブックスホテルに泊まったときに見つけたと知らせてくれた本だ。私の読み終えての正直な印象としては、イギリスにおける人種・階層差別と動物虐待への悔恨と批判そして追悼のための物語として読んだ。

 原題は『Bears of England』(イギリスの熊)で、イギリスの熊を巡る8つの不思議で奇妙で、ちょっと悲しい物語。

 各短編の題を挙げると、『精霊熊』『罪食い熊』『鎖につながれた熊』『サーカスの熊』『下水熊』『市民熊』『夜の熊』そして『偉大なる熊』。題を見ただけではどんな物語か想像もつかない内容だ。

 イギリスでは昔、熊が残酷な娯楽(闘熊場〈とうゆうじょう〉というのがあり、多数の犬と一頭の熊を闘わせる見世物)の対象として、また食料や毛皮の材料として乱獲され、11世紀には野生の熊は絶滅していたそうだ。このことは初めて知った。
 熊と聞いて最初に思い出したのはディズニーの『くまのプーさん』だ。この原作者はイギリス人だったような記憶があり、いま調べたら、アラン・アレクサンダー・ミルンという19世紀の児童文学作家だった。イギリスにおける熊の絶滅と『くまのプーさん』の誕生が、関係があるのかないのかは分からないが、関係があるのであれば、ちょっとした歴史の皮肉だろう。

 各作品の熊たちは、森の精霊として恐れられたり、手をかざすだけでケガを癒やす力のある存在として畏怖されたり、ロンドンの地下にある下水道の掃除をさせられたり、危険な潜水夫として働く労働者として描かれており、また芸を教え込まれてサーカスで見世物にされる熊たちが、異形の人間たちとともに描写されている。

『下水熊』には、「ロンドンのもっとも恥ずべき秘密のひとつは、十九世紀のほぼ全般にわたり下水道に熊を閉じ込め、報酬も与えないまま下水作業員及び清掃員としてこき使っていたという事実である」という一節がある。
 こうした労働は当時の下層階級の人たちが担っていた労働であり、そのような労働者を熊たちに置き換えて、虐げられていた下層階級の労働者と、人間の娯楽や食料にするために絶滅させられた熊たちを重ね合わせている。

『夜の熊』と『偉大なる熊』では、太古からの偉大なる熊の、「さあおいで、イギリスの熊たちよ。こちらにおいで」という声に導かれ、イングランド各地で息を潜めて生きていた熊たちが巡礼のように集団となって合流し、あるところに向かう。そこには熊たちのためにしつらえたような〝ノアの箱舟〟があった。それにのって熊たちは西に向かって漕ぎ出すのだ。まるでピルグリム・ファーザーズのように――。

 デイヴィッド・ロバーツの、表紙をはじめとしたちょっと不気味でデフォルメされた影絵のようなイラストも物語の雰囲気にマッチしている。

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