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8月31日の夜、担任の先生から電話がきた。


8月31日の夕方、担任の先生から電話がありました。
男の子が出ると、
「調子はどう? 明日は来れそうかな?」
という優しい声が聞こえてきました。
「あ、はい」
男の子はそう答えました。

中学3年の6月から、男の子は学校に行っていません。
体育祭の時に、走るのが遅かったからと、クラスメイトの男子たちに囲まれ、みんなから蹴られました。
その翌日から、身体が重くて、学校に行こうとしても動かなくなってしまったのです。


その前から、男の子は教室でいやな思いをしていました。
身体が大きいTくんから、歩いている時に足をひっかけられ転ばせられることが続いていたのです。
転ばしたTくんはあやまりもせず「変な転びかた!」とあざわらいました。
つられてクラスのみんなも引きつった顔で笑いました。
Tくんはクラスのボスのような存在だったのです。


体育祭の時もTくんは男の子を突き飛ばし、背中を思い切り蹴り上げてきました。
体育着に大きな足跡を付けたまま帰宅した男の子を見て、お母さんがどうしたの、とびっくりして聞いてきたけれど、男の子は何も答えず、体育着のまま、頭から布団をかぶって眠りました。これは夢で、眠れば、悪い夢から覚めるかもしれない、そう思ったけれど、起きても現実は変わらず、男の子は学校に行けなくなったのです。


担任の先生は、一学期の終業式の日には、成績表を届けに来てくれました。
「夏休み明けには、気持ちも切り替わって、来れるようになるといいね」
先生は温かい声でそう言ったし、男の子もそのつもりでした。
夏休みにおばあちゃんちに行って魚釣りをしたりして楽しく過ごして、気持ちはリフレッシュできたのだから、もう、大丈夫。だから先生にも
「はい、明日から行きます」
と答えたのです。


「よかった。みんなも待ってるよ」
先生はそう言ってくれましたが、一体誰が待っているのだろう、と男の子は思いました。
転校してきた男の子には、まだ親友と呼べるような存在もいません。
それどころかTくんに遠慮して、みんなあまり話しかけてもくれません。
こんな自分を待っていてくれる人なんて、いるのだろうか、と。


先生も、Tくんがいじめの中心人物だということを知っています。
Tくんが先生に連れられて男の子の家に来て、頭を下げたこともあります。
Tくんは黙って頭を下げました。けれど頭を元に戻した時に、男の子をすごい目でにらみつけてきたのです。
Tくんは、本当は、悪いとは思ってはいなそうでした。

9月1日。
今日からは新しい自分になって、学校に行こう。
そう思って起きたとたん、Tくんの顔が浮かんできました。
Tくんは何も変わっていないかもしれない。
男の子をまたいじめてくるかもしれない。
そう思ったら、お腹が痛くなり、トイレに駆け込んでしまいました。


結局男の子は、その日も学校に行けませんでした。
先生から夕方に電話が来ました。
「早く学校に来れるようになるといいね。Tくんももういじめないと思うよ。あやまりにも来たでしょう?」
優しい声で先生は言ったけれど、Tくんが教室にいたら、またいじめられるかもしれないのです。


Tくんこそが、気持ちを切り替えない限り、男の子は教室には戻れそうもありませんでした。
同じことの繰り返しは、もう、いやでした。
男の子は電話を切ったあと、お母さんに言いました。
「僕はもう学校には行かない! 勉強は家でもできる」


お母さんは少し驚いたような顔をしたけれど、無理しなくていいよ、と言ってくれました。
そのとたん、身体が一気に軽くなり、急におなかがすいてきました。
もう、学校に行こうとしなくて、いいんだ。
男の子は、やっと、自由になれた気がしました。


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この話は、実話です。
(個人が特定されないようにぼかしてはいます)

私の息子は、中学3年生の時に、いじめに遭い、不登校になりました。

学校は「いじめっ子はあやまったからもう大丈夫」などと言うのですが、息子は全然それを信じず、学校に行ったらまたいじめられる、と感じていました。

痛い思いをした教室に、どうして戻れるというのでしょう。
DV被害者の妻に、暴力を振るっている夫が待つ家に帰れとは言えませんよね? 再び痛い目に遭う可能性が高いから。

けれど今の学校は、いじめ加害者がいるままの教室に戻れと被害者を促すことが多いんです。戻ったらまたひどい目に遭いそうだから戻れないのです。

なぜか、学校では「夏休みを挟むとリセットされる」という論理があるようです。2学期になっても不登校の息子のことを、加害者のTくんの母親は「うちの子はあやまったからもう済んだことでしょう。1学期のことをどうして2学期になってもむし返すんですか」と言いました。学校も「いじめっ子はあやまったし、この件はもう済んだこと」という態度でした。

そして、不登校の息子と、その親の私だけが取り残されました。
いじめたTくんは、なにごともなかったかのように学校に楽しそうに通っています。

「待ってください。うちの子は不登校のままです。問題は何も終わっていません」
必死に私は対話を続けましたが、Tくんの母親にとても嫌がられました。

フランスでは、いじめの加害者の生徒に問題があると考え、加害者の生徒にカウンセリングを受けさせます。

日本は逆です。いじめの被害者のほうが精神的に追い詰められて、ボロボロになってカウンセリングを受けるのです。

私の息子も、その中学のスクールカウンセラーさんのところに通うようにと言われました。けれど、いじめ加害者の中心人物であるTくんは、そのようなことは言われませんでした。

日本ではなぜか、「いじめられるほうに問題がある」という考えかたが、今まで主流でしたが、これは大きな間違いです「いじめるほうにこそ問題がある」のです。私はもう10年くらいずっと、このことをTwitterなどで訴えてきました。最初のうちは「いじめられるほうが悪い」などという声がとても多かったし心が折れそうな言葉も降ってきました。「子ども同士の関係に親が口出すな」とも言われましたが、今時のいじめはとても陰湿で、場合によっては命の危険もあるので、そうもいかないのです。

息子をいじめたTくんのお母さんもそういう考えかたの人でした。
「おたくは母子家庭ですよね? こんなことで不登校になるなんて、家庭に問題があるんじゃないんですか?」
「これくらいのことで学校に来れなくなるなんて、精神的に問題があるんじゃないですか」お母さんは一言もお詫びも言わずに、こちらに問題がある、と繰り返すのです。
そしてTくんに向かい「ね〜、あなたは悪くないもんね〜」と言うのです。

そのお母さんは、尊敬されるような職業のかたで、地域ではリーダー格でした。お母さんの立場しては、そんな自分の息子がいじめの加害者ではあってはならなかったのだと思いますが、そんなことは関係ありません。

私は本当に怒って、このお母さんとは徹底的に闘いました。
そのことについては「たたかえ!てんぱりママ」という本に書いていますので、もしご興味があるかたがいましたら、読んでいただけたら幸いです。

夏休みが終わったら、問題が自然に解決するなんてことは、ありません。
夏休みが終わっても、まだ心にモヤモヤが残っているのなら、それは解決していないのです。

自分にウソをついて「みんなが行ってるから」と無理して学校に行く必要はありません。
もしかしたら学校が間違っていて、自分だけが正しいのかもしれないからです。

ただ、私自身は、どうにか学校に行き続けたほうの側でした。
学校をやめたくてしかたなかったのですが、学校にすごくかっこいい男の人がいて、その人を一目見たいという気持ちだけで登校していたんです。その根性が3年続き、私はどうにか高校を卒業できました(その男の人とはほとんと話もできないまま卒業しました……)。

いろんなケースがあると思います。
「学校がイヤなら行かなくていい」
これは正しい。

だけど、勇気がなくてそのことを親に伝えることができない人もいっぱいいるということを、私は知ってます。

そういう時は、何かひとつでもいい、楽しみを見つけると、毎日はほんのすこし変わってきます。

最後に、学校以外の人に問題を話して、外の人からの目で判断してもらうことも大事なので、電話相談のリンクもつけておきます。

<子どもの人権110番>

学校がひどい対応をする・先生が厳しすぎる・いじめがつらいなどの悩みに人権侵害の視点から電話で無料アドバイスしてくれます。

場合によっては学校に直接申し入れもしてくれます。
保護者も電話相談できます。
「これは法的にみて問題ですね」と外部の人に言ってもらえたり、どんな風に対応をしていくべきかを教えてもらえるだけでも、世界は少しだけ変わってくる、自分は正しいんだ、と前を向いて生きていけるようになると思います。

*法務省

*東京弁護士会

前のほうで、10年くらい前にツイッターに息子がいじめられているというようなことを書いたら、いじめられるほうが悪い、というようなことをたくさん言われたと書きました。

10年経った今、ほとんどそういった声はありません。多くの人が「いじめは犯罪だ」「加害者に罰則があったほうがいい」そう言ってくれるようになりました。昨日書いたツイートも2500以上のリツイート、5000以上のいいねをいただいています。
https://twitter.com/micanaitoh/status/1036169945841692672

とても心強いことだと思います。いくつかの学校では、いじめの加害者を出席停止にするようなところも出てきました。少しずつ、正しい方向に変化が起きていると感じています。

最後になりましたが、いじめの加害者は現在、特に罰則もなく「ごめんね」と被害者に言いさえすれば許されてしまっています。心のケアを何もされないまま成人した加害者達がどうなっているか、私が聞いた話では、交通違反や法令違反を繰り返したりする人もいるそうです。変わらずに誰かをいじめ続けている人もいるようです。

いじめは加害者の問題であると思われるだけに、加害者のことを放置せず、加害者の家庭事情も含め、追跡調査をするべきだと感じています。

ちなみに、私の息子は今は大学生です。
大好きな数学に打ち込み、夜遅くまで大学でお友達と過ごす楽しい日々を送っています。心配してくださるかたが多かったのですが、息子は今はとても元気です。ありがとうございます。


いただけたサポートで新しいモノやコトを試し続けていきます。