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「それでもこのビタースウィートな人生を」

忙しいと書いて心を亡くす、そんなことを何度繰り返したら懲りるのだろう。レモネードの配分を変えようと心に誓ったばかりなのに。


引っ越し後はペースを落としてやるつもりだったフリーランスの仕事だが、10月にたまたま依頼が立て込んだ。懇意にしてくださるクライアントさんばかりだったから、断りたくない。どのご依頼も都度ボリュームは多少コントロールできるとの話だったので、とりあえずがんばろうと決めた。

中旬ぐらいに、勝負の週があった。最大の納品ボリュームと夫の一週間出張が重なる。お迎え時間が早い長男の預かり先を決め、働く環境をできるだけ整えた。合間には、ちゃんと息抜きを。普通に考えたら、問題ない算段だった。

しかし、いま世の中が普通じゃないことをすっかり忘れていた。よりによってその週に、次男の学校で感染者が出て全面クローズとなった。計画はあっけなく崩壊。昼に働けないしわ寄せは、夜へ向かう。朝から晩まで子どもと一緒に過ごして、寝かしつけた後に日中分ほど働く。納品は絶対に落としたくない。率直に言って大変だった。


追い込まれたとき、私の弱さは露呈する。周囲への優しさを欠如するくせに、逆に自分は優しさを求めてしまう。人に対する過剰な要求は、関係性に摩擦を生むものだ。どんどんバランスが崩れていく。母や友人とケンカをするなど、大切な人たちとのやり取りにうまくいかない瞬間が増えた。わかってもらえないと苛立ち、言わなくてもいいことを口にした。

こんなふうに在りたいんじゃないのに。保とうとしても気持ちと言葉が空回りする。長きにわたる自粛生活や引っ越し、ワンオペの件もあり、心がどんどん消耗していくのがわかった。このままじゃ、何もかもだめになる。


生きるのが下手だなぁと、くたくたに疲れた夜。いったん空っぽになろう。そう思い、ほとんどのものを手放そうとした。その翌日。たまたま夫が飲みに出かけていて、深夜まで家にひとりだった。

体に力が入らない。防衛本能が働いていたのか、ネガティブになるわけではなく、ぼんやりと時間を過ごした。長めのお風呂に入って、少しお酒を飲んだ。


ソファで寛いでいたら、静かな文章を読みたくなった。教えや啓発ではなく、誰に宛てるでもなく、思うがままに綴られた文章を。ふと、ある人のWebサイトが頭に浮かんだ。そこは小さくて、穏やかな場所で。訪れると、10月に一つ記事が更新されていた。

運営者は、noteのあるコンテストを通じて知り合った書き手さんだ。今はnoteを辞めてしまったけれど、初めて文章を拝見したとき、あまりにも繊細で美しい言葉の並びに衝撃を受けた。私からは絶対に出てこない表現と描写の数々で「いつかこんな文章を書きたい」と憧れを抱いた人だった。

どういうわけか、その方も私のnoteをよく読んでくれた。そして、少しだけ言葉を交わしたことを思い出した。ある記事にサポートをいただいたときだ、と過去の投稿を探してみた。ちょうど一年前。開いて、ハッとした。

Micaさんの文章には、答えが見えなくても、痛みや困難だらけでも、それでもこのビタースウィートな人生を一歩一歩前を向き歩いてゆく美しさ、強さ、尊さが飾らない実直な言葉にきらきらと輝いている気がして、僕は時に励まされ、時に気づかされ、いつも心を打たれます。


それでもこのビタースウィートな人生を。

なんて美しくて真摯で力強いメッセージなのだろう。しばらく画面から目を離せず眺めていると、急にぼろぼろと涙が溢れてきた。まるで、濁った感情を外に押し出すかのように。

うん、ビターだったな。でも、それは私がそう感じていただけで、本当は違ったんだ。自分を取り囲む世界のスウィートな部分を見る余裕がなかったんだと思う。

大切な人との関係性において、ひとりよがりの欲求は重しにしかならない。過度な気遣いや配慮はいずれ積み上がり負担となるだろう。だから必要なのは、思いやりや労りであるはずだ。

心が浄化されていく。余分に抱えていたものがごっそり削げ落ちた。そしてシンプルな気持ちが残った。私にとって大切なものはそんなに多くない。だったら、それを守ろう。たとえ下手でも、自分なりに。


ちゃんと前を向ける人間だということを、いつもここで出会った人たちが思い出させてくれる。私は、決して強くない。ただ、強くあろうとする心を持っている。それはたぶん、強みだと思う。我ながらちょっとややこしいけれど。

最近は葛藤ばかり書いてるな、と苦笑してしまう。いや、ずっとそうだったかもしれない。パソコンに向かい、ひとりごとをつぶやく。そうやって気持ちを整えたと確認して顔を上げる。

教えや啓発ではなく、誰に宛てるでもなく、思うがままに綴った文章。苦さも甘さも味わい尽くす境地には、なかなか至れそうにもない。それでも、また歩き出すための言葉を。日々を新しく楽しむための言葉を。忘れないように、ここに置いておきたい。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。これからも仲良くしてもらえると嬉しいです。