ブレンド型学習②探究共同体
前回の記事では、ICTを始めとしたデジタルツールの活用について、現状(コンテキスト)の分析について考えてみました。
では、実際にブレンド型学習って何が良いのか、ブレンド型の1つの形である、同期型と非同期型を組み合わせた学習に沿って考えてみようと思います。
探究共同体(Community of Inquiry)
まずは、こちらのコンセプトから。アメリカの哲学者、デューイ(John Dewey)によって提唱されたとされる考え方です。
その後、カナダの研究者であるGarrionが、ここにオンライン学習の要素を絡めました。
そして、デジタル環境を活用した探究コミュニティは、Social Presence(社会的側面)、Teaching Presence(教授的側面)、Cognitive Presence(認知的側面)の3つの要素で構成されているとし、3つが融合した部分に「有意義な教育経験がある」と唱えました。(Garrison & Anderson, 1999)
ざっくりいうと、「ある問いについて考えるための集合体、コミュニティ」に関する概念的枠組みです。
ここでのコミュニティとは、「人の集まり」の意味です。
(「ある問い」について考えるために集まった教師集団、授業での先生と生徒達、学校を越えて集まった子供たち、などなど。)
では、各側面について、順に見ていきます。
Social Presence(社会的側面)
「集団に属している」という感覚や実感が存在すること。言い換えれば、コミュニティへの参加者が、自分がこのコミュニティに存在している実感を持てること。
これは、3つの要素の中でも最も重要なのではないでしょうか。
例えば、学校の○年○組というコミュニティで、自分の存在感を感じられない場合、学校に行きたくなくなってしまう例があります。これがないと、対話も発生しにくく、学びが発生しにくくなってしまいます。
Teaching Presence(教授的側面)
「何をどう教えるか」と、コンテンツを教える役割を担うの存在のこと。
「教育経験の設計」と「ファシリテーション」という2つの機能があるとされています。
鍵となるのは、知識を受け渡すだけではなく、問いについて考えを深める「手助け」が、この側面には含まれること。
Cognitive Presence(認知的側面)
コミュニティにいる人たちが、対話を通じて意味を構築するなど、思考を深める認知活動が存在すること。(これが1番難しい・・・)
批判的・論理的な思考を通じ、AとBはどう違う?どこか似ている?など、アイディアを繋げたり比較したりしながら、問いに対する「解決」に繋がる活動。
そして、この3つの要素が絡み合った中心に、「有意義な学習経験」があるとされます。
同期型と非同期型
さて、ブレンド型と探究共同体の関係を見る前に、ブレンド型の1つの形である、「同期型学習」「非同期型学習」の長所・短所を考えていきたいと思います。
同期型学習について
「同期型」とは、双方向のコミュニケーションが同じ時間内で直接的に行われる状態のこと。リアルタイムでのコミュニケーション、ライブ形式の講義などが、これにあたります。
対面での授業は、もちろん同期型と言えますし、、オンライン学習なら、Zoomでの講義、時間を決めてのチャット活動などが、同期型にあたります。
では、同期型学習の長所とは何でしょうか。
これは、対面授業のメリットと重なりますが、非同期型と比べると、圧倒的に効率がいい。
具体的には、即時のフィードバックが可能な点が挙げられます。
学習目標と学習者の現在位置の間に差がある時、教える側の役割は、学習者が目標位置に到達する手助けをすることになります。足場かけ(scaffolding)と呼ばれる支援ですが、これは同期型の方が圧倒的に効率良く進められます。これは、学習者のモチベーション維持にも繋がります。
この点を踏まえて、同期型は実用的な学習に向いているとされています。
また、対話が同じ時間内で行われるので、対話を重ねて知識を構築するのに、非同期型ほど時間を要しません。
一方で、短所もあります。
ひとつは、どうしても時間に縛られてしまう点。
教室での対面だと、「場所・時間」の両方に縛られますし、Zoomなどでのオンラインの場合だと、場所には多少のフレキシビリティ(柔軟性)が出るものの、時間に関してはどうにもなりません。
もうひとつが、認知活動で非同期型より負荷がかかりがちであること。
よくある同期型学習の例が「オンライン英会話」です。即興でのやり取りなため、事前準備でほぼ対応できる発表型の話す活動より、難易度は上がります。
非同期型学習について
次に、非同期型学習について考えてみます。
非同期型とは、学習者が自分の好きな時間に学べ、コミュニケーションが同じ時間枠の中で行われないものを指します。メールでのやりとり、ブログ、YouTubeでの動画学習、Flipgridでの動画コミュニケーション等がこれに該当します。
非同期型の長所には、
・柔軟性
・議論の可視化
・理解に時間をかけられること
などがあります。
まず、何よりも時間や場所に縛られず、柔軟性が高いこと。同期型の短所にあたる部分です。それ故に、学習者は自分のペースで学ぶことができるのが大きな利点です。
そして、Microsoft Teams、Google Classroomなどを利用したチャットによる議論も可能です。(これは、同期型でも可能です。)チャットによる議論の利点は、書き言葉によるコミュニケーションで、「議論が可視化」されること。
もちろん、書き言葉だけでは誤解が生じやすいという課題もあります。でも、だからこそ、お互いの意見に対して疑問を述べたり、意見を述べたりする「議論」になるのかとも思います。議論が文字で表現されることにより、自分の意見の内省にもなり、また記録としても残せます(Garrison & Kanuka, 2004)。
また、「理解に時間をかけられる」という利点もあります。
動画学習で、途中で一旦停止しながら学んだり、わからなかったところをもう一度見るなどした経験はないでしょうか。これが正に、この側面にあたります。
一方で、短所、というか留意点は、自己管理能力が非常に重要になること。
対面でもオンラインでも、同期型だと、先生や仲間が目の前にいるため、ある程度強制力のようなものが生じます。しかし、非同期型は自分のペースで学べることが長所である一方、自分で自分の学習計画をたてたり、計画を実行する力が求められます。共に学ぶ仲間が目に見えにくいので、孤独を感じやすいとのデータもあるようです(Fischer & Yang, 2022)。
非同期型学習中心のMOOCsも、実際の修了率は低いことが指摘されています。
【参考】
https://www.iii.u-tokyo.ac.jp/manage/wp-content/uploads/2018/04/86_5.pdf
また、サポートも必要です。
特に、非同期型は、学習管理システム(BlackboardやMoodleなど)などを使ったり、どのように学ぶかの指示があるわけですが、その点、システムの使い方や学び方に対するサポートが必要となります(Lai & Hwang, 2006)。
ブレンド型学習と探究共同体の形成
では、同期型学習と非同期型学習を、探究共同体の各要素と絡めて考えてみます。
存在価値を感じるために必要なもの
探究共同体の要素の1つ、「Social Presence(社会的側面)」に関わる部分です。
非同期型の方が、コミュニケーションに時間がかかり、自己管理能力によって参加の度合いが左右されます。故に、非同期型の方がこれを実感しにくい傾向にあると思います。
でも、従来講義スタイルが中心となっている教育現場の場合は、もしかすると、同期型よりも非同期型の方がいいのかもしれません。
というのも、特に中学校や高校などの多くの現場では、対面式の授業で生徒が積極的に議論を交わす場は少ないように思います。となると、同期型の強みである「即時フィードバック」「対話による知識の構築・発展」の要素が生まれないわけです。
そういった現場では、発言のハードルが低くなり、対話が生まれやすい非同期型の書き言葉でのコミュニケーションの方が向いているかもしれません。
いずれにせよ、同期型でも非同期型でも、ただ発言をするわけではなく、そこで生まれる「自分の考えの価値を認知できるか」が重要です。要は、「自分の意見を誰かが聞いてくれている」実感です。これを感じられることで、コミュニティに貢献している実感が高まり、自分の存在価値を高められるというわけです。
「何を目指すか」で方法は変わる
次に、「Teaching Presence (教授的側面)」についてです。
めちゃくちゃ当たり前の話ですが、「何を教えるか、何を目指すのか」により、同期型にするか非同期型にするのかは大きく変わります。
少しコロナ禍を振り返ってみて・・・
2020年4月、休校で授業ができなくなった時、急遽Zoomなどで普段の授業を再現した教育機関は多数ありました。
しかし、知識の伝達や習得が目標なのであれば、非同期型でも十分だったわけです。
その後、疑問点を明確にしたり、理解を確認したり、議論を重ねるのであれば、同期型の方が効率は良くなります。結局は「何のための授業なのか」です。
(例)英語ディベートにおける、同期・非同期のブレンド型
英語ディベートの目標を、「英語の運用能力を高める」「思考力を鍛える」とするのであれば、同期型・非同期型どちらか一択ではなく、それぞれの長所を生かして組み合わせていくことで、無駄の少ない学びのサポートになります。
同期型学習や双方向性を組み入れることで、先に述べた「社会的側面」も高められます。
【同期型に向いているもの】
・準備したものを使った実際のコミュニケーション活動
(例)立論の聞き取りと質疑応答練習、実際のディベート活動など
・非同期学習をファシリテートする活動
(例)立論や反論の「思考」の部分に対するフィードバック、立論作成や反論予測に向けた議論など
実際に英語を聞き取り、それに対して反論を行う英語ディベートは、動画交流などの非同期型でも可能ではありますが、その場その場でのコミュニケーション能力を鍛える意味では、やはり同期型の方が向いているように思います。
【非同期型に向いているもの】
・リーディングやライティングを中心とした準備や個人作業
(例)立論のための情報収集、立論作成、反論予測と反駁作成、ディベートの内容をもとにしたサマリーライティング
・音読練習、ディクテーション、シャドーイングなど、スキルを上げる活動
(例)立論の音読練習、反論予測を使った質疑応答練習など
ポイントは、学習者の支援となる教材を非同期でも提示できること。
例えば、立論やサマリーライティング作成のためのモデルライティングは、LMSにアップロードして提示できます。音読練習で単語の発音がわからなかったら、電子辞書やGoogle翻訳で読み上げてもらってもいいですし、ELSA Speakなどのアプリを活用した練習もできます。
非同期型では、オンライン上で共に作業ができるワークスペースが欲しいところ。リサーチしたデータのシェア、疑問点の共有などが可能です。
ちなみに、こういったワークスペースに使えるのが、ClassDo。
バーチャルルームなので記録を残せて、いつでも好きな時間に入って作業できるし、Zoomとか使わずとも、この場でビデオ会議もすぐできちゃいます。
「活動あって学びなし」にならないために
さて、最後の「Cognitive Presence(認知的側面)」について。
これが存在しているかどうかを測るキーワードは、「学習者が、この活動から何を学んだのか」。
動画作った!ポスター作った!
・・・So what?
となってしまっては、まさに「活動あって学びなし」なわけです。
動画やポスターは、あくまで最後のプロダクトです。その作成過程で、学習者は何を知り、何を感じ、何を学んでいったのでしょうか。
ここで、先ほどの英語ディベートの例から考えてみます。
非同期型に向いている活動として「ライティング活動」を挙げましたが、英語の先生ならどうしても気にしてしまう「自動翻訳活用問題」。
Google翻訳もさることながら、DeepLの精度には目を見張るものがあります。
しかし、英語ディベートの場合、この翻訳アプリだけではとても太刀打ちできません。
なぜなら、議論の時に必ず「論理的思考力」「批判的思考力」が必要だからです。これらの思考力は、対話の中で鍛えたりするなかで養っていくしかありません。
前述したように、「何を目指すのか」を明確にして、そこに至る過程で、どのように思考力を育てていくのかが要になります。そのためには、教師側が学習者にどのような問いを発するかも重要になってきます。
一言に「オンライン学習」というのは簡単ですが、上記の内容を踏まえて考えると、実際に有意義な学習経験を生み出すためには、かなり綿密な授業設計が必要になるのではないでしょうか。
<参考文献>
Chuang, H. H., Weng, C. Y., & Chen, C. H. (2018). Which students benefit most from a flipped classroom approach to language learning?. British Journal of Educational Technology, 49(1), 56-68.
Fischer, I. D., & Yang, J. C. (2022). Flipping the flipped class: using online collaboration to enhance EFL students’ oral learning skills. International Journal of Educational Technology in Higher Education, 19(1), 1-24.
Garrison, D. R., Anderson, T., & Archer, W. (1999). Critical inquiry in a text-based environment: Computer conferencing in higher education. The inte
Garrison, D. R., & Kanuka, H. (2004). Blended learning: Uncovering its transformative potential in higher education. The internet and higher education, 7(2), 95-105.
荒優, 藤本徹, 一色裕里, & 山内祐平. (2014). MOOC 実証実験の結果と分析.
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