ACEスコアで、少し振り返り

治療中は、自分の思春期までのことや、トラウマの原因となった要因について、分析したりするのをあえて避けていました。

というのも、最後の治療にかかる以前は、自分のことは自分が一番わかっているんだと、「自己分析」をしていて。
読み返すと、まるで『カリガリ博士』に出てくる、自身を医者だと思い込んでいる精神病患者のそれで、少なくとも私には、ひとりで自分を治癒することはできない、と認めたということがあったからです。

治療を終え、解離やフラッシュバックがなくなり、日常を切れ目なく送れたり、自分のことも少しずつわかるようになってきた今、私に起きていたことは何だったのか確かめたくなり、少し文献を読んでみました。

逆境的小児体験(ACE)のスコア、10分の9でした。
10分の2のスコアでも、後の健康リスクは極めて高いそうです、、
改めて、健康体で、自立していて、犯罪歴も依存症もない状態で、今ここに生きているというのが、奇跡だと感じると同時に、過去の言動のおかしさや、周囲が私に持った違和感について、納得がいきました。

当時は、どうして私は距離を置かれてしまうことが多いのか、どうして生きているだけで苦しくなるのか、理解できていませんでした。

被虐待児の脳に起こること。
脳内の様々な部分が萎縮したり、変形したり。
「トラウマ後成長」とか、色んなところで野放しに言われていますが、治療することで変形した部分に改善が見られるとか、そういう具体的な文献て、ないんですよね。
「トラウマ後成長」って、ある意味、根拠のない希望だったり、ホメオパシー的な流布なのかな、という気もします。
もちろん、病は気からというぐらいに、人の思い込みや気分が心身に及ぼす影響は大きいので、それを信じることでより良い人生となるなら、良いものなんだろうとも思うし。
科学的な発表がないということは、推して知るべし、なのかもしれません。

話はそれましたが。

人為的に、人が人に、生涯続く「障害」を植え付けることが出来るんだと、改めて。
例えば私は、先天的な障害はありませんが、
家庭で受けた虐待から、いわゆる発達障害持ちのような言動を繰り返すようになりました。
共感性に乏しかったり、過去のつらい経験をいつまでも引きずったり、何度でもその時の痛みに引き戻されたり。必要とされると、自分をさて置き思考停止して尽くしたり。過集中、逆に注意力散漫。時に衝動的で、制御が難しく、リセット癖があったり。失敗をしたり批判を受けると、死にたくなったり。

そういえば、ずっと昔かかっていたサイコセラピストに、
「いっそのこと、本当に自閉症なら良かった。それなら諦めも付く。健常者なのにこんなにおかしくて苦しいのは、意味がわからないし、逆に耐え難い。」と、伝えたことがありました。
彼女は、明らかに動揺していて、
「え?!は?何言ってんの?!全然わかんないんだけど」と返してきました。(つくづくこの人は、セラピスト向けじゃない。やめて良かった。私の発言も、わりとアレですが。。)

例えば肉体的暴力を受け、怪我をしたとして。
治療で、運良く機能を取り戻すことはできても、傷だったり歪みだったりの痕跡が残り、場合によっては、不具合が一生涯残ります。
心も同じなんだろうな、と思います。
壊されてから、再び前を向いて立ち上がれるようになっても、壊れる前の状態には戻れないし、まして、一度も壊されたことのない人と同じようにはならない。
身体と違って心の状態は見えないから、心の不具(あえてこの言葉を使います)を抱えている人について、そうでない人達が、何か違う、おかしいと、警戒する気持ち、今はわかります。
その繰り返しで、傷をさらに重ね、孤立していくことも。

人は人を、いとも簡単に壊すことが出来る。癒すことについては、ごく限定的なのでしょう。
世界全体の中にある、一粒の砂金のようなものだと思います。

根拠なくキラキラした希望を語るのでもなく、これだからダメなんだと絶望するのでもなく、
こういう事だったんだなと普通にただ知ることで、先へ進みたかったのかも知れません。