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[カレリア民話] ひき臼のお話(JAUHINKIVI)

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ひき臼のお話

 むかしあるところに、貧しい弟と金持ちの兄がいました。そうこう暮らしていて、まもなくクリスマスがやって来る時期になりました。貧しい弟は、豊かな兄のところへお肉を(分けてもらえるよう)尋ねに行きました。
– 兄さん、まもなく祝日が訪れるし、僕らの食卓のために肉をくれないか。
金持ちの兄は雌牛のもも肉を取ってくると、それを彼の前に放り投げ、言いました。
– ほらよ、ヒーシのところにでも持っていくんだな!
と大声で言いました。彼は雌牛のもも肉を手にすると、家の方へ向かいましたが、こう考えました。“どうして僕はこの肉を家に持っていくんだ、ヒーシのところに持って行けと命じられたのに?命じられたからには、ヒーシのところに持って行こう”。

 あちらこちらへと進んで行くと、木こりたちがやって来ました。彼は木こりたちに聞きました。
– ご存じないでしょうか、僕が正しい道にいるか、この道はヒーシのところに通じているでしょうか?
木こりたちは言いました。
– この道はヒーシのところに通じているよ、ワシらはヒーシのために薪を切っているんだ。
さらに言いました。
– お前さん、ここから白樺の薪を持っていくと良い。そこに着いたら、そいつはペチカの上に座っている。そいつがヒーシの主さ。お前さんが訪れたら、そいつに手を差し出してはいけないよ、そいつはお前さんの手を握りつぶしてしまうから、この薪を差し出すんだ。お前さんが訪れたら、とても喜ぶだろう。そうして、ほうびを考えはじめるだろうが、お前さんはひき臼以外のものをもらってはいけない。そいつは、ひき臼を背中にしょって座っているんだ。それは命じたものは何でもひき出す、そんなひき臼だ。(最初は)喜んで手放すことはしないだろうが、お前さんが他のものをもらわなければ、(最終的には)与えてくれるだろうよ。

 彼は薪を手にとり、先に進みました。ある家のところまでやって来ました。ペチカの上に座っているそいつは、ヒーシのじいさんは、背中にひき臼を背負っていました。彼は挨拶をすると、薪を差し伸ばしました。ヒーシが薪を握りしめると、薪からは水がしたたり落ちました。ヒーシのじいさんはあまりに感激し、彼に何をしてあげれば良いか分からないほどでした。
– 今まで誰ひとり、自分でここに(食べ物を)持ってきた者なんていない。犬を送り出してくるんだが、犬は自分で食べてしまうから、結局うまくいかないのさ。さて、お前にどうほうびを取らせようか。

 金や銀が提案されましたが、貧し弟は言いました。
– 財宝などは要りません、その、あなたの背中のひき臼だけを頂きたい。
ヒーシは言いました。
– これか、これは渡さないぞ、いや、お前はこんなにも善良だしな、お前にやろう。この石は、何を命じようが命じた物をひき出す、そんなひき臼だ。

男(貧しい弟)は石を受け取ると、家へと向かいました。クリスマスに間に合うように家に着くことができました。彼は妻に、どこへ行ってきたのか、どこからひき臼を受け取ってきたのかを話しました。そうして、言いました。
– さあ、この石に、お祝いの食卓に必要なものをひき出させよう。
 石は彼らに必要なものをひき出しました。彼らは祝日を素晴らしく過ごしました。石が必要なすべてのものをひき出すと、貧しい弟は最後にこんなことを考えました。
“舟をつくることはできないかな?”

 そうして彼らは自分たちの舟をつくり、家族みんなで海へと出かけました。彼らは漕ぎ進みながら、何度か食事の支度をしようとしましたが、塩がありません。貧しい弟は、臼に塩をひき出すよう命じました。石は塩をひき出しはじめましたが、彼はやめるよう命じるのを忘れていました。彼らはみんな、食べ終わると横になり始めました。彼らが寝てしまうと、石がひき出した塩で舟がいっぱいになり、舟は沈んでしまいました。こうして全部なくなってしまいましたとさ。これでおしまい。

単語

pohatta [形] 豊かな, 何不自由のない
pruasniekka [形] 祝典の, 祭典の
reisi [名] もも肉, 太もも
luuvva [動] 放り出す, 投げる
hoti [接] ~けれども, だが, ~すれば良いのだが, せめて~でも
karjahtua [動] 大声で叫ぶ
halko [名] 薪、薪の山
leikata [動] 切る, 切って(彫って)作る
kopristua [動] 押さえつける, 締めつける, 圧縮する
ojentua [動] 伸ばす, 差し伸ばす
ihaštuo [動] 陽気になる, 感激する
tarita [動] 申し出る, 提供する
makšu [名] 支払い, 報酬
keritä [動] ~する間がある, 間に合う
tuumaija [動] 考える, 思いめぐらす
luatie [動] ~する, 作る
kieltyä [動] 禁止する, 否定する, 断る, やめさせる

出典

所蔵:ロシア科学アカデミー カレリア学術研究所(KarRC RAS)
採取地:カレヴァラ地区のヴオッキニエミ(ヴォクナヴォロク)(ペトロザボーツクで録音)
採取年:1948年
AT565

多くのバリエーションがカレリア、ロシア、フィンランド、ノルウェー、その他各国で存在していますが、物語の最後で舟とともに沈むのはたいていが兄、もしくは臼を手に入れた商人です。臼をめぐる争いは起こらず、入手者が臼とともに沈むこのバリエーションは珍しく、北カレリアのみで見つかっているようです。

日本語出版物

・「ラング世界童話全集(ラング童話集)」, 東京創元社/ポプラ社/偕成社文庫
 「くじゃく色の童話集」
  └『海に塩のできたわけ』(北ヨーロッパの物語として紹介)
・「ソビエトの民話集4 ロシア・シベリアの民話」, R.バブロヤン/M.シュームスカヤ編, 伊集院俊隆編, 1986, 新読書社
 └『ふしぎな石うす』
・「世界昔ばなし(上)ヨーロッパ」, 日本民話の会, 1991, 講談社
 └『不思議なひきうす』
・「おはなしのろうそく23」, 東京子ども図書館編, 1999, 東京子ども図書館
 └『海の水はなぜからい (ノルウェーの昔話)』

上記はカレリア民話として紹介されている、あるいは北ヨーロッパの物語として紹介されている文献の一例です。類似話は各地で採取されているので、他にも多くのバリエーションが邦訳されていると思われます。

新読書社から出ている「ソビエトの民話集」シリーズは、モスクワのラドーガ出版と新読書社との数年かけての協力関係の賜物で、挿絵や装丁はソビエト各共和国の画家が担当しています。
『ふしぎな石うす』では、カレリア共和国の画家・グラフィックアーティストであるタマラ・ユファが担当。民族叙事詩『カレワラ』の絵画を多く描いたことで知られる彼女のイラストが日本で見られるのは本当に貴重です。古本屋でぜひ探してみて下さい。

つぶやき

ようやくヒーシが登場する民話を紹介できました。ヒーシは ミカエル・アグリコラのカレリアの神々のリスト にも名前が載っている、古くからカレリアで信仰されている森の守り神ですが、キリスト教流入後は妖怪として描かれることが多くなってしまいました。この話ではヒーシ崇拝の名残がうかがえますね。

一般的には森に棲んでいますが、「水のヒーシ(Vesihiisi)」と呼ばれる水場に棲む者もいます。民話では力持ち、あるいは知恵者である主人公に勝負を挑んで痛い目にあうことが多々。

>> KARJALAN RAHVAHAN SUARNAT(カレリア民話)- もくじ

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