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[カレリア民話] 9人兄弟の妹(YHEKŠÄN VELLEN ČlKKO)

9人兄弟の妹

むかし、夫と妻がいました。夫婦には9人の息子がいました。息子たちは朝、枝を刈りに出かけます。母親は身ごもっていました。息子たちは言いました。
―もしまた男の子を授かったのなら、僕たちはもう家には戻ってきません。だけどもし女の子を授かったのなら、戻ってきます。女の子が生まれたら扉の上に糸紡ぎ(※1)を置いてください。男の子だったなら、氷穴棒(※2)を置いてください。

さてさて。シュオヤタル(※3)がこれを聞いていました。女の子を授かると、母親は糸紡ぎを扉の上に置きました。ところが、シュオヤタルは糸紡ぎを取り払うと、氷穴棒を置きました。息子たちが帰ってきて見てみると、氷穴棒があります。そうしてもと来た方へ向きなおると、家には帰りませんでした。(彼らは)森へと去り、小屋を建てると、その森で暮らしました。

 それから娘はすくすくと育ち、彼らのもとには子犬がいました。娘は言いました。
―お母さん、お父さん、兄さんたちの家を探しに行くことをお許しください。
母親と父親は言いました。
―ああ、私たちのおさげ髪、いったい今になってどうやって彼らを見つけられるというんだ、もう彼らが去ってから何年も経つというのに。
―どうか、子犬だけください、そして服を着せてください。私は兄さんたちの家を探しに出発するわ。自分にどんな兄さんたちがいたのか、見てみたいのよ。

そうして出発しました。進むに進んでいくと、シュオヤタルが向かってきました。
―ああお嬢さん、湖にお入りよ。
―行かないわ。お父さんも、お母さんもそんなこと言いつけなかったもの。
子犬は言いました。
―行ってはダメだよ。衣服を持っていってしまうから。
シュオヤタルは(犬を)捕まえると、肢を1本折ってしまいました。犬は3本肢でピョコピョコと進みました。

さらに進みに進んで、ふたたび向かい側から(シュオヤタルが)来ました。
―湖にお入りよ!
―行かないわ。お父さんも、お母さんもそんなこと言いつけなかったもの。
シュオヤタルは(犬を)捕まえると、2本目の肢を折ってしまいました。
先へと出発しますが、子犬は走ることができないので、娘が運んでやりました。ふたたびシュオヤタルがやって来て、子犬を殺してしまいました。

湖の岸辺に出ると、シュオヤタルは湖へ(入るよう)たぶらかしました。(娘が)湖で水浴びをすると、(シュオヤタルは)彼女の服をうばい、その絹の服を身にまとい、ぼろの服を残しました。

 さて、シュオヤタルは(娘の)兄たちが住んでいる家を見つけに行き、そこへやって来ました。
―あたしはあなたたちの妹だよ、9人の兄さんたちの妹なんだ…
兄弟たちは妹がやって来たのであれば、と彼女を迎え入れました。いっぽう妹もやって来て、こんなぼろの服では兄さんたちのところへも、他のどこへも行けやしないと、泣いています。シュオヤタルは(兄たちに)言いました。
―シュオヤタル(の娘)もやって来たら、その娘は牛飼いでもさせておけば良いさ。
そしてそのようになると、兄たちは言いました。
―放牧に行かせるなら、牛飼い娘には朝、クルニッカ(※4)やリエスカ(※5)といったパンを作っておやり。

ところが(シュオヤタルは)石から作ったクルニッカと、泥から作ったリエスカを用意し、兄たちは娘を放牧に送り出しました。(娘は牧地に)行くと石の上に座り、牛たちはその周りで草をはみます。娘は座って涙します。

 鳥よ, 白鳥よ,
 母さんに伝えておくれ,
 父さんに伝えておくれ,
 私は みすぼらしい姿で 放牧する身,
 雑多な群れの見張りをする身,
 9人の兄たちの妹.
 石のクルニッカを噛まされ,
 泥のリエスカを食む,
 母さんは 黄金のお鍋で
 パンケーキを焼いているでしょう,
 父さんは 黄金の網針(※6)で
 漁網を編んでいることでしょう,
 けれど私は みすぼらしい姿で放牧しているの.
 
1日過ぎ、2日が過ぎました。一番上の兄が森へ出かけると、娘の嘆きが聞こえてきました。家に戻ると兄弟たちに言いました。
—聞いてくれ、この家にいるのは妹ではない。ただ森へ行ってくれ、羊飼いが泣いているんだ。僕は、聞いたんだ。
そうして3日目に娘が放牧に行くと、兄たちは後からこっそりと(ついていきました)。(娘は)牛を森へ放すと、ふたたび石の上に座って(嘆きます)。

 鳥よ, 白鳥よ,
 母さんに伝えておくれ,
 父さんに伝えておくれ,
 私は みすぼらしい姿で 放牧する身,
 雑多な群れの見張りをする身,
 9人の兄たちの妹.
 石のクルニッカを噛まされ,
 泥のリエスカを食む,
 母さんは 黄金のお鍋で
 パンケーキを焼いているでしょう,
 父さんは 黄金の網針(※6)で
 漁網を編んでいることでしょう,
 けれど私は みすぼらしい姿で放牧しているの...

兄たちは家に戻ると、その妹(のふりをしているシュオヤタル)に言いました。
—妹よ、サウナを暖めておくれ。
—なんだって週の半ばにサウナを?
—お前はここに来てからサウナに入ってないだろう、サウナに入る必要がある、僕らの妹なんだから。

サウナが暖められ、そして沸騰させたタールの樽を敷居の下に置かれました。サウナへと彼女をいざなう羅紗の布が広げられ、腕を組んで進んでいきます。
—どうだい、9人兄たちの妹はこうやってもてなされるんだ、腕を組んでサウナへいざなわれるんだ!
そうしてサウナへ連れて来られました。
—服は、入り口のポーチで脱ぐといい、うちの(サウナの床)板は汚いからね、サウナでだと汚れてしまうから、服はポーチで脱ぐんだ。
彼女(シュオヤタル)が服を脱ぐと、(兄たちは)タールの樽に突き落とし、燃やしてしまいました。それから妹である娘が連れてこられ、自分の服を着ました。今でもそこで暮らしていることでしょう。
物語はこれでおしまい。
 
※1糸紡ぎ(kuožali):糸を紡ぐための道具で、手に収まり持ち運びできるもの。
※2氷穴棒(puraš):凍った湖や川に穴をあけるために使われる突き棒。
※3シュオヤタル(Syöjätar):昔話に登場する魔女の役割を担う女(婆)。「喰らう女」の意。
※4クルニッカ(kurnikka):魚や肉を包み込んで焼いたパン。
※5リエスカ(rieška):発酵せずにフライパンで焼いた薄いパンケーキ。
※6網針(käpy):漁網を編むための針。

単語

havu [名] 針葉樹の枝
karzie [動] 刈り込む, 切る, 除く
kuoželi [名] 糸車, 糸紡ぎ
puraš [名] (氷などに穴をあける)突き棒
kiändiä [動] 向きを変える, 戻る, 掘り起こす, 翻訳する
srojie [動] 建設する, 建てる
rikkikoira [名] 小さな犬
blahoslovie [動] 祝福を受ける, 許しを受ける
veikkola [名] 兄弟の家
löydiä [動] 見つける
moni [数代] たくさんの
šuorita [動] ~しようとする, 支度をする
nähtä [動] 見る, 見える
mittuine [疑][形] どのような
ruveta [動] ~し始める, 行く
käskie [動] 命じる, 言いつける
soba [名] 衣類, 服
škokkie [動] 跳ぶ, ピョコピョコ歩く
muanittua [動] 騙す, あざむく
šulkuine [形] シルクの, 絹の
rogozane [形] 靱皮の
paimen [名] 羊飼い
sežo [副] ~もまた, やはり, その上
kurniekku [名] 魚や肉をつめて焼いたパン
rieška [名] 発酵させずに薄く平らに焼いたパン
šavi [名] 粘土, 泥
ymbäri [副] 周囲
luglaine [名] 白鳥
viijä [動] 運ぶ, 持っていく
pal'l'as [形] むき出しの, 裸の, 質素な
kirjavu [形] 雑多な, ふぞろいの
karju [名] 家畜, 牛
purta [動] 噛む
riehtil [名] 鍋, フライパン
kakkaroine [名] パンケーキ
pastua [動] 火にかける, 焼く
käby [名] 網をあむための針
verko [名] 網, 漁網
kuduo [動] 編む, 織る
kävvä [動] 行ってくる
jälgeh [副] ~の後で, から
ožuttua [動] 見せる, 示す
keski- [頭] 真ん中の, 半ばの
nedäli [名] 週
matka [名] 旅, 旅行, 道中
taluo [動] 使う, 連れていく
terva [名] タール
bučči [名] 樽
keittiä [動] 煮る, 火にかける, 沸かす
sargu,sarga [名] 羅紗の布
oijendua [動] 伸ばす, 渡らせる
čestie [動] もてなす, ふるまう
jaksattua [動] 着物を脱ぐ, 脱ぎ捨てる
sinčoi [名] 玄関ホール, ロビー
ligahine [形] 汚れた, 汚い
laudu [名] (木の)板
syvätä [動] 突く, 押す

出典

所蔵:ロシア科学アカデミー カレリア学術研究所(KarRC RAS)
採取地:カルフマキ(メドヴェジエゴルスキー)地区のサルギヤルヴィ
採取年:1976年
AT 533A

マリア・モロゾヴァ(Maria Morozova)より採取されたもの。

カレリア各地で知られる詩を含む昔話の一つで、末息子を残して兄たちは家を出るという、カレリアの古い習慣が反映されたお話です。後年になって採取されたお話には、兄たちが去るのは森ではなくサンクトペテルブルクで、妹が都会に探しに出る…と設定が現代化されたバリエーションもあります。

より古いバージョンでは、シュオヤタルは服だけでなく妹の姿そのものを奪い、妹は醜くなる上に、言葉も封じられ、兄たちに真実を訴えることができません。放牧のために外に出たときだけ言葉と心を取り戻した妹は、鳥(白鳥、ガチョウ)に向かって嘆きの歌をうたいます。

ロシアで伝わっている同型のお話では、妹が探しに行くのは兄ではなく父親のようです。

日本語出版物

・「子どもに聞かせる世界の民話」, 矢崎源九郎 編, 1970, 実業之日本社
 └『美しい妹と九人のにいさん』
・「おはなしのろうそく24」, 東京子ども図書館編, 2002, 東京子ども図書館
 └『九人の兄さんをさがしにいった女の子 (フィンランドの昔話)』

つぶやき

もともとは1937年に同じくカルフマキ(メドヴェジエゴルスキー)地区で採取されたバージョンの訳を進めていたのですが、方言が難しい上に長くて、頓挫、短くて分かりやすいバージョンを見つけたので、こちらを紹介することにしました。

1937年版のお話では、シュオヤタルと妹&子犬のやり取りが6回繰り返され、そのたびに子犬は片足ずつ折られ、片目ずつつぶされ、最後には死んでしまいます。妹が嘆き歌う様子も3回(3日)繰り返されており、より強く語りの結界を張ろうとしたことが伺えるものでした。話の筋は今回のものと概ね同じです。

シュオヤタル!久しぶりの登場ですね。
最後はお馴染みの方法で退治されてしまいます。
シュオヤタルに関しては、『黒いカモ』や『生まれてきた娘とシュオヤタル婆』などもぜひお読みください。#シュオヤタルで検索も可能です。

>> KARJALAN RAHVAHAN SUARNAT(カレリア民話)- もくじ

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