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フィン・カレリアの天地創造 #1: 『カレワラ』にみる原始の卵②

スラブ世界の天地創造に触発され、前回は『カレワラ』に描かれている世界のはじまりを紹介しました。

前回記事の解説でも説明した通り、現在の『カレワラ』(1849年完成版:俗称「新カレワラ」)では、ところどころに編纂者であるE.リョンロートの改ざんが加えられています。

今回は、『カレワラ』が編纂される際に題材とされた原詩にもっとも近い「原カレワラ」(Alku-Kalevala:Runokokous Väinämöisestä/ Lönnrot, E. , SKS, 1833)』で描かれている天地創造を紹介し、『カレワラ』との比較を試みます。

例によって長いので、あらすじだけ確認されたい方は 
『原カレワラ』に描かれる創造詩(あらすじ)
のみをお読みください。

『原カレワラ』に描かれる創造詩(あらすじ)

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ヴァイナモイネンに妬みを感じていたラップ人は、朝も晩も徹してヴァイナモイネンがやって来るのを待つと、ヒーシの娘の髪の毛や、ツバメの小さな羽毛、スズメの尾の毛をより張った丈夫な弓を引いた。
1つ目の矢は、海を越えて飛んで行った。
2つ目の矢は、海の下へと行ってしまった。
3つ目の矢は、まっすぐに飛んでいった。
ヴァイナモイネンが乗っている、青き大鹿の肩へと。

ヴァイナモイネンは水の中へ倒れ、そのまま6年が経ち、7度の夏をめぐった。開けた大海原に漂う丸太のように。

ヴァイナモイネンの頭が触れたところは、島、あるいは岬と名付けられた。
足で踏みしめたところは、魚たちの洞穴となった。
陸の反対にあるところは、漁猟の恵みの場となった。
ところどころ触れたところには岩が隆起し、船が沈む場となった。

一羽の鴨が巣所をもとめて飛んでいた。海面からのぞいたヴァイナモイネンの膝を見つけ、巣をつくると卵を生んだ。
6つの卵を。7つ目には鉄の卵を。

鴨は卵を抱き、温め続けた。膝が熱くなるのを感じたヴァイナモイネンは膝を動かした。卵は水面へ落ち、波間で砕けてしまった。
ヴァイナモイネンは言った:
「卵の下の部分よ、下に広がる大地となれ!
 卵の上の部分よ、上に広がる大空となれ!
 卵の赤身の部分よ、太陽となって輝け!
 卵の白身の部分よ、月となって照らせ!
 卵の中の殻のかけらよ、星となって大空へ!」

(『ヴァイナモイネンに関する詩歌(1833)』より抜粋・散文訳/ kieli)

『原カレワラ』より:創造詩(148-198行)

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『原カレワラ』の文章は、以下のサイトを参照させて頂きました。

http://www.mrasilainen.com/kalevala/3_SK.pdf

天地創造は2ページ目の [Luomisruno] 部です。

またE.リョンロートが採取した、ヴィエナ地方に住むルノラウラヤ(伝統詩歌の謡い手)オントレイ・マリネン(Ontrei Malinen)による原詩は以下のサイトで紹介されています(『原カレワラ』とは多少の差異があります)。

『原カレワラ』創造詩(解説)

さて、まずは『新カレワラ』との違いをさっくり挙げてみます。

①天地創造前にヴァイナモイネン(人)が存在する
②天地の前に陸地が創造される
③膝に卵を生みつけられるのはイルマタルではなく、ヴァイナモイネン
(イルマタルは存在しない)
④卵の破片+ヴァイナモイネンの言葉の力(呪い)によって天地が生まれる

こんなところでしょうか。

①天地創造前にヴァイナモイネン(人)が存在する

『原カレワラ』は正式名称『Runokokous Väinämöisestä(ヴァイナモイネンに関する詩歌)』の通り、ヴァイナモイネンにまつわる伝承詩歌がまとめられています。ただし、この中ではその誕生については触れていません。

各地から採取された詩歌では、ヴァイナモイネンは一人で生まれた(最初の人間)か、あるいはイロ(Iro)という名の女性から生まれます。イロはヴァイナモイネンだけでなく、やはり『カレワラ』の英雄であるイルマリネン(Ilmarinen)や、ヴァイナモイネンに戦いを挑むヨウカハイネン(Joukahainen)の3人の子を産み出す存在と伝えられていますが、詳細はあまり知られていません。

ヴァイナモイネンの誕生時点では、世界には原初の海と海底に陸地の原料となる土があるだけです。ヴァイナモイネンという言葉の力をもってすべてを制す英雄がいてこそ、陸地が形成され、天地が創造される・・・というストーリーにつながっていくのです。

さて、ヴァイナモイネンが波間を漂うことになったのは、上述のとおりラップ人に矢を射られたことによります。『原カレワラ』ではラップ人の妬みの理由は書かれていないのですが、ここで『新カレワラ』6章を見てみましょう。

  若いヨウカハイネンがいた、
  痩せたラップの息子が。
25 長く恨みを持っていた、
  ずっと以前から妬みを
  老ワイナミョイネンに対し、
  不滅の詩人の上に。
  激しく当たる弩(いしゆみ)を作り、
30 見事な弓を飾った。

(リョンロット『フィンランド叙事詩 カレワラ』(岩波文庫)小泉保訳, 岩波書店, 1976年)

ヨウカハイネンは、ヴァイナモイネンに知恵比べを挑む若者として『カレワラ』では欠かせない存在です。彼もヴァイナモイネンと同様イロから生まれたと、各地に伝わる詩歌は語っています。このヨウカハイネン=ヴァイナモイネンを傷つけたラップ人という構成が『新カレワラ』6章からうかがうことができます。新カレワラでの配役を無視すれば、兄弟喧嘩といえるかもしれませんね。

②天地の前に陸地が創造される

矢で射られ波間を漂うヴァイナモイネン、すでに天地/世界が完成している『新カレワラ』ではこの後、大鷲に助けられてポホヨラまで連れていってもらいますが、『原カレワラ』ではそうはいきません。英雄の力で世界を創らなければならないのですから。

『新カレワラ』のイルマタルは、天地が創られた後、身ごもったまま海を漂っている際に陸地の創造を行います。『原カレワラ』においては、まず陸地の創造が行われます。

海の中からの行為ですので、島や岬、魚の住処、暗礁などなど、海辺のものから創られていきます。陸地に関してはさらっとしか触れていません。この辺りは『新カレワラ』も『原カレワラ』も同じです。

細かな違いを挙げるとすれば、『新カレワラ』ではイルマタルは何かを創造する際に、 luoda(創る)、laittaa(しつらえる)などといった行為そのものを示す動詞が使われているだけです。

こうした動詞は『原カレワラ』でも使われているのですが、ヴァイナモイネンのみに使われている表現がこちら。

Sihen saaria saneli, そこを島と呼び
Tahi niemiä nimesi; あるいは岬と名付けた,

sanella (口述する, 指定する)、nimetä(名づける, 呼ぶ)という動詞です。これはヴァイナモイネンがまさしく名付ける=名(言葉)を授けることにより、新たなものを創造していると捉えることができそうです。

③膝に卵を生みつけられるのはイルマタルではなく、ヴァイナモイネン
(イルマタルは存在しない)

ヴァイナモイネンが陸地を創り終えた後、鴨がやって来て膝に巣をつくります。流れは『新カレワラ』も同様ですが、違いはなんといっても卵を生みつけるのは、イルマタルではなくヴァイナモイネンの膝の上、ということです。

そもそも、民間伝承ではヴァイナモイネンを生んだのはイロという女性でした。イルマタルという存在自体が『新カレワラ』におけるリョンロートの筆によるものという点は、大きな違いです。 

イルマタルという存在をもちだした理由は、キリスト教の概念を意図的に盛り込むためでしょう。前回も触れたとおり、イルマタルに聖母マリアの役を負わせていることが、はっきりと見てとれます。

こちらも前回紹介しましたが、「古代人は膝に精液が溜まっていると信じていた」という説があり、それを思うと、膝に卵を生みつけられるのは男性=ヴァイナモイネンである方が自然な考えとも言えます。

④卵の破片+ヴァイナモイネンの言葉の力(呪い)によって天地が生まれる

『新カレワラ』では、海に落ちた卵の破片から勝手に天地が起こりました。つまり、もともと卵自体に天地が創造される可能性が含まれていたと考えられます。水鳥の力なのか、膝の内部から取り込まれたナニカの力なのかは不明ですが・・・後者なのかな。卵自体も6つは黄金、1つは鉄ですしね。

ところが『原カレワラ』では、卵が落ちただけではなく、ヴァイナモイネンの言葉=呪いによってはじめて天地が創られます。卵も6つは特別な記載はなく、7つ目のみが鉄です。

『カレワラ』の世界では、言葉を知る者が力を持っています。剣や弓といった武器も使われますが、ここぞという英雄たちの勝負は言葉の力をもって行われます。また、物事を解決するときー例えばケガを負った場合、血止めの呪文が必要ですし、そのためには鉄の起源を知っている必要があります。

こうした言葉を知る者の英雄化は、「カレワラ」の詩歌を含む口承伝統や呪いなどを知る知恵者、謡い手への敬意あるいは畏怖の現れとも言えるかもしれません。

まだまだ考察したいことはあるのですが、この辺にしておきましょう。 
次回はようやく、2つめの天地創造の言われである水鳥による潜水神話についてのお話です。

つぶやき

『カレワラ』の天地創造はさくっと終わらせるつもりが・・・2回に渡って長くなりました。水鳥神話は情報が限られているから、そんなに長くはならないと思う・・のですが。

同居人のコロナ感染により一気に家庭内感染が続き、隔離と消毒と世話に追われた夏休みでした。溜まった疲れを少しずつ消化しながら、Note更新も再開していきます。

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