見出し画像

フィン・カレリアの天地創造 #1: 『カレワラ』にみる原始の卵①

Noteでお世話になっている小梅さんが、スラブ世界の天地創造に触れられていました。

カレリアのためにロシア語の勉強はしつつも、スラブ系の民俗文化についてはさっぱり、なのでとても興味深かったです。
なにしろフィン・カレリアとのつながりも感じますし!

せっかくなので便乗してフィン・カレリアの世界の始まりも紹介しようと思います。

フィン・カレリアに伝わる天地創造には二つのいわれがあります。
まず今回は1つ目、民族叙事詩『カレワラ(Kalevala/ Lönnrot, E. , SKS, 1849)』にも描かれ広く知られている、原始の卵(宇宙卵)型の神話についてのお話です。

それではさっそく見ていきましょう。

『カレワラ』に描かれる天地創造(あらすじ)

---
麗しき大気の乙女イルマタルは、清らかなる処女。
ただひとり無限の大気の庭で過ごす孤独な暮らしを訝しみ、はるか下の世界に広がる原始の海へと舞いおりた。強風に揺さぶられた波がイルマタルの身へぶつかり、彼女は懐胎した。

700年もの間、身重のお腹を抱えたイルマタルは泣き苦しみ、祈った。
「至高の神、ウッコよ。どうかわが身をこの苦しみから救ってください!」

その頃、一羽の鴨が巣所をもとめて広大な海の上を飛んでいた。海面からのぞいたイルマタルの膝を見つけ、舞いおりて巣をつくると卵を生んだ。
6つの金色の卵を。7つ目には鉄の卵を。

鴨は卵を抱き、温め続けた。膝が熱くなるのを感じたイルマタルは膝をゆすった。卵は水面へ落ち、波間で砕けてしまった。
しかし、破片が水泥にまみれることはなかった。

卵の下側は大地となり、
卵の上側は天上の空となった。
卵の黄身は太陽となって輝き、
卵の白身は月となって照らした。
卵の中の斑点は天の星となり、
卵の中の黒い部分は空の雲となった。

時は過ぎ、新しい太陽は輝き、新しい月が照らす中、イルマタルは変わらず波間を漂っていた。10年が経ったとき、彼女は海から頭を起こすと、偉大なる創造の仕事をはじめた。
彼女の手が触れた地は岬となり、彼女の足が踏んだ地は魚の住処となった。
波泡立つ場は深い窪地となり、脇腹に触れた地は陸地となり、そこに岸辺をつくった。頭の向きを変え、そこに入り江をしつらえた。
陸から沖へと泳ぎ、仰向けになると、暗礁を、隠れ岩をつくりだした。そこは船の沈む場、船乗りたちの頭身が沈む場となった。
そうして島が整えられた。

(『カレワラ』第1章より抜粋・散文訳/ kieli)

画像1

画像:Kalevalan kankahilla (2010, Kalevalaseura) より

---
この後に『カレワラ』の英雄、老賢者ヴァイナモイネンの誕生へと続いていきます。

さてここで、上に抜粋した部分からさらに主要な部分を抜き取って『カレワラ』原文を見ていきましょう。なお既に完訳が出版されていますので、日本語訳はそちらから引用させて頂くことにします。

『カレワラ』第1章より:天地創造(177-244行)

画像2

なお『カレワラ』(1849) 原文は、以下のサイトで確認することができます。

『カレワラ』第1章 天地創造(解説)

イルマタル(Ilmatar)は、「大気」を意味する ilma に女性を示す接尾辞 -tar がついた語で、邦訳では「大気の乙女」と記されるのが定番です。

風と水による処女受胎、これは明らかにキリスト教の影響を受け、聖母マリアが意識されていることがご理解頂けるでしょう。

現在『カレワラ』として知られ世界中で翻訳されているのは、1849年に完成版として発表され、通称「新カレワラ」と呼ばれている版です。
もともと様々な謡い手から採取したバラバラの詩歌を一貫した物語詩に仕上げる過程で、リョンロートは自身の創作詩をはさんだり、別のストーリーの詩歌の言葉を変えて起用したりと、ところどころで改ざんを加えています。

こうした改ざんは全体のごくわずかと言われていますが、意図的に盛り込まれたのがキリスト教の概念で、もっとも如実に表れているのがこの第1章 天地創造と、最終章(※)です。

※『カレワラ』最終章では、やはり処女受胎したマルヤッタという女性の生んだ男の子(赤ん坊)がヴァイモイネンを批判する。ヴァイナモイネンは自分の時代(古代信仰)は終わったと悟り、男の子(新たな神=キリスト)に世をまかせて旅に出る。

イルマタルに聖母マリアの役を負わせ、後に生まれてくるヴァイナモイネンの神性を強調したわけですね。

原詩を見てみると「大気の乙女」であるイルマタルのことを、海に降りた後ではしばしば「水の母」と呼んでいます。水(海や湖)は母親である女性を表すとともに、母胎につながる場でもあります。

膝の上に巣を設け卵を生むことは、「膝から生み出す」説話とのつながりを指摘する研究者もおり、これは「古代人は膝に精液が溜まっていると信じていた」からだそう。

卵を生みつける鳥は、sorsa という語が使われています。これはハジロ属の水鳥を指す語で、スズガモと訳されていることもあります。
水鳥はフィン・カレリアの天地創造のもう一つのいわれである潜水神話にも欠かせない存在ですが、詳細は「フィン・カレリアの天地創造 #2」で紹介いたします。

さて聖母役をまかされたイルマタルですが、実はリョンロートが採取した原詩では、膝に卵を生みつけられ天地を創造するのはヴァイナモイネンです。つまり、もともとは別の詩歌だった天地創造とヴァイナモイネンの誕生を、リョンロートはひとつにまとめ、さらにヴァイナモイネンを生み出すイルマタルという存在を持ちだしたわけです。

それでは『カレワラ』が編纂される以前から知られるヴァイナモイネンによる天地創造はどのようなものだったのでしょうか。

次回は、謡い手から採取された原詩に近い『原カレワラ(Alku-Kalevala:Runokokous Väinämöisestä/ Lönnrot, E. , SKS, 1833)』に描かれる世界の誕生に触れ、『カレワラ』との比較を試みます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?