気になること


 俺は長いことここにいる。窃盗だったか、詐欺だったか、殺人だったか、今となっては忘れてしまった。つまり、俺は囚人だ。何もかも忘れてしまったのに、“囚人”だったことは覚えているんだ。笑えるだろ。大学にも行ったし、記憶力には自信があった俺が忘れてしまうなんてな。
 そんな俺だが、ひとつ気になることがある。なぜか、牢の中ではなく青空の下にいるんだ。脱獄した記憶はないし、外だからと言って自由な訳ではない。腕も、足も、首も、どこも動かすことができない。なにか重い足枷でもされているのだろうか。唯一、動かすことの出来る目線を下にしても、自分の足さえ見ることが出来ないんだ。五年、いや十年だろうか、もう覚えていないが、そんな状態が続いている。誰もここを通らないため、自分の体がどんな状況になっているのかわからない。

 まさか、“死んだ”とかじゃないよな。

 何度も、その考えが頭の中を過ぎる。だが俺は、太陽が昇り沈み、季節が変わっていく美しい日々をみている。これが地獄だとしたら、俺が生まれ育った街よりもいいところだ。こんなところに生まれていたら、犯罪を起こすことも捕まることもなかったかもな。今日も草を踏む足音が聞こえる。キツネだろうか、シカかもしれない。いや、違う。
 「えーっと、こいつが百十三番か?」
 「そうだ。それは俺の番号だ。まったく待ちくたびれたよ。」
 「おい、どうする?」
 「向こうのほうがいいんじゃないっすか。」
 「何言ってんだ?俺を解放してくれるんじゃないのか?」
 「あっ、すいません!ロープ忘れてました!とって来るっす!」
 「しょうがねぇな。俺がやっとくから、ロープ取ってきてくれ。」
 「わかったっす。」
 若い男が視界から外れ、体格のいい男が俺の前に立った。なにか防護服のようなものを着ている。そいつの手にはチェーンソーが握られていた。
 「おい、それどうするつもりなんだ。俺を殺そうってことか?」
 ブオンという爆発音。長らく聞いてこなかったためか、人工的な音に恐怖を感じる。そいつは慣れた手つきで、俺の方へチェーンソーを突き立てた。
 「おい、おい。冗談はやめてくれよ。俺は確かに、酷いことをしてきたかもしれない。でも、そんな殺し方はあんまりだ。なぁ、考え直してくれ。」
 そいつは俺を無視して、無抵抗の体にチェーンソーを当てた。

 「おい、これを運んでくれ!」
 男たちの足元には、切られた丸太が転がっていた。

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