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『闇の底にて与えられん〜発達障害の陰陽』第1話「発端」(note創作大賞ミステリー部門)

【あらすじ】
結婚して20年、妻に対する不満は我慢ならないところまで来ていた。俺が信頼するコンサルタント夫妻が仰るには、妻には発達障害の疑いがある、と。

鬱になりそうな俺と発達障害の妻、二人とも精神科への通院を助言されたが…

果たして、妻の言動の理由とは。

誰の意見を信じるのか?真実はどこにあるのか?人間の知性と理解力、無自覚の価値観、通じない会話、誤解と批判、自己防衛からの攻撃、、、状況が明らかになるにつれ、闇はさらに深くーーー

第1話【発端】

「…差別的に感じますので止めて頂きたかったです」

は…?

ここまで読んだ瞬間、ドクンと脈打つ心臓が痛む。
強い近眼の眼鏡が邪魔だ。老眼が進んだ目をSNSメッセージの画面に寄せる。

読み間違いだったらいいのに、という儚い願いは一瞬にして散った。

おい…恩人に対するメッセージとして、非常識じゃないか?

空腹の肉食獣のように息が荒くなる。
妻に対する怒りで苦しい。

千佳の行動は、普段から読めない。
予想外の連続だ。
ぼーっとしているかと思ったら、突拍子も無い行動の大胆さ。

なぜだ…体の中で自分の声がこだまする。

驚きを含んだ怒りは、いつもの事なのに慣れることは無い。
戸惑いながらも千佳のメッセージ全体を読み返す。

昨晩のグループ通話について。

ご家族のアスペルガーについて
ご本人の許可なく、グループメンバーへのアウティングや障害によるエピソードを笑い話として披露するのは、差別的に感じますので止めて頂きたかったです。

昨日の夜、画面の向こうで赤賀さんがお話されたのは、お父様のことだ。

「本人にも自覚が無いが、おそらくアスペルガーだろうと思います。子どもの頃は振り回されて大変でした。」

大人なのに子どもみたいな、常識外れな行動。お子さんだった赤賀さんが、大変苦労なさった体験談だった。

ツッコミどころ満載のエピソードに、笑ってはいけないと思いつつ、おもしろ過ぎて笑ってしまう…それは、いつもの赤賀さん節だった。

考えてみれば、まぁ千佳の意見も分からないことじゃないが、普段、お世話になっている方にいきなり送るメッセージとして、いかがなものか?なんだよ。

体内で暴れている妻への不満の言葉を、口から無音で出し続ける。

音にならないよう唇を動かしながら、6畳の室内をぐるぐると早足で歩き続けた。
イライラした時の俺の癖だ。

そうして15分ほど経った頃だろうか、スマホが鳴った。当の恩人からだ。

画面に「指を離すのが早すぎます」のメッセージ。
指紋認証に手間取り、パスコードを打った。

通知バッジが右肩についたSNSアプリのアイコンをタップする。
左からの吹き出しに「今夜のコンサルで、この件についても扱いましょう。」

赤賀さんご夫妻のコンサルは夜9時半からの予定。

それまでは落ち着かないだろう。

そうだ、自室を歩き回ってる場合じゃない、子ども達を早く寝かさなくては。


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