『闇の底にて与えられん〜発達障害の陰陽』第1話「発端」(note創作大賞ミステリー部門)
第1話【発端】
「…差別的に感じますので止めて頂きたかったです」
は…?
ここまで読んだ瞬間、ドクンと脈打つ心臓が痛む。
強い近眼の眼鏡が邪魔だ。老眼が進んだ目をSNSメッセージの画面に寄せる。
読み間違いだったらいいのに、という儚い願いは一瞬にして散った。
おい…恩人に対するメッセージとして、非常識じゃないか?
空腹の肉食獣のように息が荒くなる。
妻に対する怒りで苦しい。
千佳の行動は、普段から読めない。
予想外の連続だ。
ぼーっとしているかと思ったら、突拍子も無い行動の大胆さ。
なぜだ…体の中で自分の声がこだまする。
驚きを含んだ怒りは、いつもの事なのに慣れることは無い。
戸惑いながらも千佳のメッセージ全体を読み返す。
昨日の夜、画面の向こうで赤賀さんがお話されたのは、お父様のことだ。
「本人にも自覚が無いが、おそらくアスペルガーだろうと思います。子どもの頃は振り回されて大変でした。」
大人なのに子どもみたいな、常識外れな行動。お子さんだった赤賀さんが、大変苦労なさった体験談だった。
ツッコミどころ満載のエピソードに、笑ってはいけないと思いつつ、おもしろ過ぎて笑ってしまう…それは、いつもの赤賀さん節だった。
考えてみれば、まぁ千佳の意見も分からないことじゃないが、普段、お世話になっている方にいきなり送るメッセージとして、いかがなものか?なんだよ。
体内で暴れている妻への不満の言葉を、口から無音で出し続ける。
音にならないよう唇を動かしながら、6畳の室内をぐるぐると早足で歩き続けた。
イライラした時の俺の癖だ。
そうして15分ほど経った頃だろうか、スマホが鳴った。当の恩人からだ。
画面に「指を離すのが早すぎます」のメッセージ。
指紋認証に手間取り、パスコードを打った。
通知バッジが右肩についたSNSアプリのアイコンをタップする。
左からの吹き出しに「今夜のコンサルで、この件についても扱いましょう。」
赤賀さんご夫妻のコンサルは夜9時半からの予定。
それまでは落ち着かないだろう。
そうだ、自室を歩き回ってる場合じゃない、子ども達を早く寝かさなくては。
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