変えたい未来がある。でも、どうやって?〜書評『イノベーションを生むワークショップの教科書』
実は細々とビジネス書の要約ライターとしても活動している私。
先日、そちらの要約をご覧になった方から、こちらのご本をいただきました。
初めてのことで驚きましたが、ABDのファシリテーターとしても、これがいったいどんなワークショップなのか興味があり、早速読ませていただきました。
未来を見つけるワークショップの難しさ
私の言葉でまとめるなら、この本は、目的から手段を見つけるワークショップについての本です。
当たり前に聞こえるでしょうか?いえいえ、意外と難しいんです。
多くの方は、手段、すなわち「アイディア」を思いつくのが難しいのは想像しやすいと思います。
思いつくまでが大変だし、せっかく思いついた時はいいアイデアと思っていても、時間がたって見返すと凡庸になってしまうこともあります。
しかし、意外と難しいのが、目的を正確に把握することです。
アイディアを思いつくには、なんのために行うのか?という目的の分析が欠かせません。すなわち、イノベーションのためには未来に新規顧客となる人々のニーズの把握が欠かせませんが、「まだ訪れていない未来の社会課題やニーズをどのように予想するのか?」という問題は、ビジネスパーソンの間でもさまざまな方法で検討されてきました。
実際のところ、未来のことは誰にもわかりません。
未来の社会はどうなっていて、そこで人々がどのように考え、どのような社会的ニーズが生じるか、まで掘り下げて考えて初めて、アイディアに辿り着くことができます。
そこには、データの収集能力や、人間の想像力といった努力が必要とされます。
持続的イノベーションから破壊的イノベーションへ
「持続的イノベーション」は、長らく日本が得意としてきた分野でした。
例えばテレビが、モノクロ→カラー→高画質と進化してきたように、持続的イノベーションでは技術革新に伴って品質が一定のペースで向上します。しかしある時点で顧客のニーズを技術が上回ってしまうと、一転して製品は売れなくなります。
実際、ロンドンオリンピックの際に出始めた3Dテレビは、今ではすっかり聞かなくなってしまいました。
一方で、「破壊的イノベーション」は、新たな価値を付加したり、安価になったりすることで、新規顧客を取り込んでいくものです。
著者の堀井秀之さんは、長らく東京大学で「i.school」というイノベーション教育プログラムに注力されてきました。現在i.schoolは、東京大学から独立した組織として運営されています。
i.school では、この破壊的イノベーションを目指しています。
そもそもイノベーションについて書く本の中には、天才がひらめきに至るまでの体験談を語るのではなく、「ひらめき方」そのものについてロジカルに書いた本はあまりないように思います。
ましてや、個人の自己啓発ではなくグループ単位での発想法となると、尚更少ない。
『3人寄れば文殊の知恵』というけれど、実際どうやってアイデアを出せばいいの?という疑問を、よりロジカルに解決してくれるのが、i.schoolのワークショップだといえるでしょう。
本書のワークショップで、特徴的だと思ったポイントが4つあります。
特徴①「本当に」困っていることを見つける
i.schoolのワークショップでは、人間中心アプローチをとります。
人間中心アプローチとは、社会や人々に着目し、簡単な調査でわかるニーズではなく、顕在化していないが本質的なニーズを見つけ出すことによってイノベーションを生み出すという方法です。
このアプローチは認知心理学、人工知能研究、脳科学等の学術的知見を根拠にしているため、デザイナーのスキルに頼りすぎず、より汎用的なワークショップとして作られています。
具体的には、未来社会のニーズを見つけ出すワークショップを運営する際、本書では1つのワークショップの設計に、複数の選択肢や多数の分岐が用意されています。
①未来探索アプローチ
②エスノグラフィックアプローチ
③エクストリームケースアプローチ
④アナロジー思考アプローチ
⑤ニーズ×シーズアプローチ
⑥バイアスブレイキングアプローチ
例を挙げると、①ではシナリオプランニングなどのツールを用いて、複数の未来シナリオを想像します。
また③では、現代では非常に稀な事例であるが未来を先取りしていそうな事例(エクストリームケース)を分析することで、課題やニーズを予想します。
こうして、困っている人に直接口頭でリサーチするよりも深く、本質的なニーズを引き出す工夫がされています。
特徴②効果的な解決法を見つけられる
ここでの手段とは、アイディアのこと。具体的な社会課題に対する、有効な解決方法のことです。
しかし、このアイディアに辿り着くまでには、当然ながら簡単なことではありません。
特に驚いたのが、このワークショップでは納得いくまで議論し、時には「ちゃぶ台返し」といって一度白紙に戻すことまでが含まれている点です。
通常、企業や組織の中で行われるワークショップは、ある程度の時間の制約の中で、結論を出すように運営されます。しかし、本当に有効で納得のいくアイディアに辿り着くには、時間の制約でとりあえず出したアイディアになっていないか、確認することも必要になります。
だからこそ、アイディアの選択や「ちゃぶ台返し」の可能性も含めて、アイデアの試行錯誤にあたるPDCAサイクルの運用の仕方が解説されています。
とはいえ時間に余裕がある場合には限られますが、アイディアとはそこまで覚悟を持って取り組んで生まれるものだという覚悟を改めて思い知らされました。
特徴③グループワーク中心
キース・ソーヤーの著書『凡才の集団は孤高の天才に勝る』では、孤高の天才こそがアイディアを発明するというのは間違いで、実際には天才的発想はグループだからこそ生まれる、と述べられています。
グループ全員がフロー状態(人々が最も高い創造性を発揮する状態)になることを「グループ・フロー」といいます。
グループフローになるのは容易ではなく、様々な条件を満たす必要があるそうです。この条件には、先ほどの②とも共通した「時間をかけてイノベーションを生み出す」ことや、「問題を発見する」ことなどが含まれますが、i.schoolでは、このグループ・フローの条件を全て満たしていると、著者はいいます。
特徴④オンラインでもできる
2020年度はコロナ禍の影響で、i.schoolは全ての活動をオンラインで行いました。
オンラインワークショップではつきものの、「付箋や模造紙をどう使うか問題」。i.schoolでは議論を円滑にするため、数年前からオンライン付箋ツールAPISNOTEを開発し、このツールが欠かせないものとなっています。
しかもなんと、ツールは無料で使用できます!
英語ではありますが、使い方は基本的に「付箋と模造紙」です。気になる方は覗いてみてください。
まとめ
全体を読了した印象として、この本はファシリテーターの態度については描写が少なめでした。
というのも、あくまで本を読んだ印象ですが、目的によって使うツールも分岐していき、特に目を配るポイントが多そうなワークショップなので、ファシリテーターの知見だけで本が一冊書けそうな印象も。
例えばZoomのブレイクアウトルームで活動する際、ファシリテーターは進行プロセスを見るなどして全体の様子を俯瞰し、「適切なタイミングでの効果的フィードバックをする」必要性があるとされています。
しかし、そのフィードバックをどのようにするか具体的なものはなく、また効果や妥当性については常に検討する必要があるとも述べられています。
ファシリテーターのふるまいは、実際にワークショップの機会があれば見てみたいところです。
ただ、少人数で、各メンバーが主体的に課題に取り組めるグループであれば、絶対的ファシリテーターの存在はそこまで重要ではないはず。
課題を中心に集まった企業やNPOなどの組織で、手法を探しているグループには、一度このワークショップを真似てみる価値があるように思います。
情熱はあって、仲間もいる。そんなグループで、
「変えたい未来がある。でも、どうやって?」を話題にするとき、
ロジカルなスパイスを与えてくれる本として、とても素敵な本でした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?