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ショートトリップ

人生思うようにいかない。
思うようにいかないのが人生なのであろう。

兄貴の生の支えの係の順番がいずれ回ってくるのだろうと漠然と子どもの頃から思っていた。
でも、まさか両親の介護まで始まるとは想像出来なかった。
それも三人まとめて、である。

二十年の間に何度大阪から郷里愛知まで行っただろうか。
自動車で西名阪を走り奈良、三重を抜けて伊勢湾岸道を走る。
東名高速に入ると帰ったな、と思う。
音羽蒲郡ICで降りたら必ず窓を少し開けることにしていた。
故郷の匂いがするのだ。
生まれ育った地に帰ったことを肌も、脳も認識する。
子どもの頃を思い出すが、瞬間のことである。
すぐに戦闘態勢に心は切り替わり、その日一日の作戦を組み立てた。
帰りはクタクタになり、運転しながら何度意識を失ったか分からない。

時々新幹線で帰った。
時々と言っても私の大阪・豊橋往復の回数はJRから表彰を受けてもいいんじゃないかと思う。
片道二時間弱のこの時間が良かった。
豊橋に『のぞみ』は止まらない、『こだま』もしくは二本に一本の『ひかり』を使う。
新大阪発の『こだま』『ひかり』に盆、正月、GWの繁忙期でも指定券は不要だ。
新大阪発の『こだま』は米原もしくは名古屋あたりまでガラガラなのである。私一人で貸切り状態なんてこともよくあった。
東海道新幹線で豊橋駅がちょうど真ん中あたり、豊橋駅で東京方面に向かう連中がドッと乗り込み満席になる。

そして、必ず2号車の最後部座席の三人席の真ん中に座る。
三人席の真ん中は若干幅が広く、私の乗っている間に隣に座ってくる奴はいない。
出口もトイレも近く便利な指定席なのである。

会社に「行ってくる」と行き先を告げずに夕方また戻れる距離だった。
私には本当に便利な新幹線であった。

昨年の転居を際として自動車は手放した。
まだ交通事故ごときで命を失うわけにはいかない。
必要な時には近くのレンタカーを使えばいい。

『こだま』の車中は私だけの時間である。
考え事をする、酒を飲みながら本を読む、寝る。
私の心のバランスを保ってくれるショートトリップなのである。

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