ある夏の夜のおもいで
母ハルヱの泣く顔を何度か見たことはあるが泣かせたことは一度しかない。
泣かせたくて泣かせたわけではない。
そして、忘れることが出来ない。
梅雨が明けたらすぐその時期が来る。
今はあの世から私のすることを見て毎日笑ってくれてると思う。
子の幸せを天で一緒に感じてくれているに違いない。
小学四年の夏休み、嫌いな盆踊りの時期だった。
盆踊りは汗をかく。
ベタついた肌の気持ち悪さばかりを記憶に残すのは私だけであろうか。
五感で残るのはきらびやかな舞台の装飾の美しさや夜の自由を約束される心浮き立つお囃子の音色ではない。
気持ち悪く思う皮膚の感覚だけなのである。
すれ違いにあたる汗ばんだ腕など最低である。
私はその熟れた暑さから逃れたかったのだろうか。
的屋のアニキと友達になったことがある。
人の溢れかえるこちらの世界とは別世界な的屋の2人席。
「お前、こっちに来てみろよ。」と言われて素直に中に入っていった。
大勢の人が往来する中、丸椅子に座り金魚の泳ぐ桶を前にするのは気持ちのよいものであった。
それからは母の夜勤の日の出店場所を聞き、足を運び横に座らせてもらった。
アニキだったのである。
あんなアニキに憧れがあったのだ。
でも別れの時は突然やって来た。
ある晩私の目の前に母が立っていたのである。
近所のおばさんの母への密告であった。
拉致され家で叱られた。
何も悪い事した覚えがないと思っていた。
しかし、母の涙を見てしまい、アニキとは決別した。
あの裸電球の熱とともに思い出されるある夏の思い出である。
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