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大阪駅で出会ったコインロッカー係

コインロッカー係って目にしたことや聞いたことってありますか?

先日、人に会うため大阪駅まで出た時のことです。いつものように大阪環状線で大阪駅に着く直前、ドア前に立つ私より若干年上に見える方に気がつきました。仕事用のジャンパーらしきその左腕にあまり目にすることのない腕章が巻かれているいるのに気がつきました。私たちがよく目にする通常の腕章は幅10㎝くらいでしょうか。その半分5㎝ほどしかありませんでした。そして白地のそれには『コインロッカー係』と印刷されていました。

目にした瞬間に妄想しました。
その人のやっている仕事、そしてその人の人生。
そして憧れました。

田舎者の私はコインロッカーなど縁の遠い、いや無縁の人生を送っていました。村上龍の『コインロッカーべイビーズ』を読んだときには豊橋駅まで実物を見に行きました。コインロッカーから始まる人生があればそれを見回るこんな仕事があってもおかしくないと瞬時に夢想していました。AI時代の今の世で、人間が動き回ることなくそのすべてを一元で監視・管理することは簡単なのでしょうが、既存ロッカーの改修費用、最新機器での管理費用は安価ではなくこれまで通り一線を退いた人間に任せるのが一番安上がりで安全なのかもしれません。

それにしてもどんな仕事なんだろう、、

各駅のコインロッカーの使用状況を見回り、もし異常が見つかれば管理事務所に連絡し、その指示のもと対処する。そんな単純な作業がルーチンなのでしょう。でも、その狭間には私などが想像もつかないようなアクシデントや奇異があるのかもしれません。

大阪環状線だけで19駅、そのコインロッカーの数は膨大でしょう。人の人生と同じでそこには膨大なコインロッカーの人生があるかも知れません。そこにいるだけ、決して移動などをすることのないコインロッカーにどんな人生があるか、それはコインロッカーだけが知ります。

人の住む住居に人の魂が宿るように、コインロッカーを仮の宿りとする魂がいるかも知れません。そんな魂たちはさまざまな魂で、いいやつも悪いやつもいるでしょう。

コインロッカー係の腕章はこんな魂たちを自在に操ることのできる男である証明なのかも知れません。

定年前に男は妻に先立たれ、長く続けてきた営業職を続ける気力は無くなり、たまたま長く仕事で付き合いをしてきた鉄道会社のOBに声をかけられます。

「君には私と同じ力があるようだ」と。男は子どもの頃から犬や猫と話が出来ました。誰にも見えない教室の片隅で泣いている女の子と友達になれました。もちろんそんなことを人に話するわけがありません。そのOBは男が現役の時から見抜いていたと後で言ってきました。でも、その時にはそんな会話は無く、各駅の『コインロッカー係』という言葉に惹かれ二つ返事で引き受けました。簡単な清掃と簡単な作業、そして週に一度事務所に顔を出し勤務簿に、一週間分の判を押し、簡単な週報を書くだけで、後は『コインロッカー係』の腕章を腕に巻き環状線に揺られるのです。

もう二十年もの間、朝は四時起き、ゆっくりコーヒーを飲み新聞に目を通します。最近少し変わったのはこのコインロッカー係を始めてから朝食の支度ついでに昼食用の弁当を作るようになりました。玉子を焼きながら「今日はどこでこの飯が食えるかな」朝から独り言ちます。

週一度の週報に書くこと以上のことを男は誰にも話しません。それは男の責務とは関係ない事だからでした。

目下彼の最大の関心事は『ネギ入り玉子焼き』の焼き加減でした。焼いてすぐに食べるのとは違う弁当に入れる『ネギ入り玉子焼き』の最高の焼き加減でした。


てなことを大阪駅に降り立つ瞬間に考えていました。


🍙こちらに話は続きます


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