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おねショタ108式の107『奇馬《き》』

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 藤並《フジナミ》高志《コウシ》が母から田舎へ行かないかと言われたのは、中学初めての春休みをひと月後に控えた、まだ肌寒い頃だった。
 
「仁美おねえちゃん、覚えてる? おかあさんのお姉ちゃんの娘で、コウシとは年が離れてるからもう結婚して実家の方に住んでるんだけど、電話があってね」
 リビングのソファに座り、自分の携帯で連載漫画を読んでいたコウシが画面に半分視線を残したまま顔を上げると、母・志麻子がそれに構わず喋りだす。

「おかあさんはよく覚えてないんだけど、何年かごとにやるお祭りが今度有るんだって。それに参加する男の子が足りないみたいなの。
 ……そう言えばそのお祭り、父さん……おじいちゃんも大事なものだ大事なものだって、言ってたなあ」
 話しているうちに記憶が掘り起こされたのか、少し上を見るような様子で母親は続けた。コウシは興味有るとも無いとも言えない顔で頷く。

「それでね、そのお祭りをする神社の方から交通費と少しお小遣いまで出すって話になってて、どうかなって」
「行く」
 即答だった。志麻子は少し苦笑した。

 しかし、手元のメモを見返し、また少し戸惑ったような顔で彼女は付け加えた。
「……変なこと聞くんだけど、コウシ、まだ誰かとエッチなことって、したこと、ないよね……? って」
「へ?」

奇馬《き》
【20xx年、晩冬。場所は伏す】

 母方の田舎へは電車を乗り継げばそう遠くなく、もう中学生なんだから大丈夫と主張したコウシは一人で向かうことになった。その心はお小遣いを多くせしめるためである。
 休日にしては早起きをし、その町に着いたのは昼前後だった。

「やあコーちゃん。休みの日に、ごめんね」
 駅を出てすぐ、コウシを女性が出迎えた。件の従姉、仁美だ。
 コウシはドキッとした。
「おひさしぶりです」と、使い慣れない敬語でコウシが応じ、土産のどこにでもありそうな焼き菓子の詰合せを渡すと、その様子が面白いのかニコニコと彼女は運転してきたワンボックスカーに彼を迎え入れた。

 ふわりと、芳香剤ではない甘い香りが少年の鼻をくすぐる。仁美の香りだ。

 車を始動させ前方を見る彼女の顔は母に似てなくはないが、タレ目気味で、飾り気はないが明るい色の髪を背に流している。そして少し前のサイズらしい服に包まれた豊満過ぎる身体は、薄手のカーディガンでは隠せないほど無遠慮にボディラインを露わにしていた。
 車内には、子供用らしいチャイルドシートが据えられている。

「お祭りの間部屋にいてくれればいいだけだって言うから、暇かもしれないけど、我慢してね」
 幹線道路に合流して緊張を解いた仁美が口を開く。「あ、はい。携帯があるから」と、コウシは一拍遅れて答えた。
「なんかよくわからないよね。田舎のお祭りって。わたしもわかんないけど、どうしてもって言うものだから。うちの子は流石に小さすぎるみたいだし」
 ぎゅっとハンドルを回転させる仁美の腕が、柔らかそうな胸を押しつぶし、視線が吸い付けられる。
「……具体的に、何のお祭りなんですか?」
「聞くところによると、土地の豊穣とか繁栄とか、そういうのだって。それで……その、土地の神様に清らかな男の子をとかなんとか……」
 その意味する、今回の要請の特異な点を思い出し、双方不意に無言になる。

「さ、着いたよ」
 そうしているうちに、車は目的地に着いていた。

++++++

「わざわざ来てもらってありがとうございます。宮司の北塚《きたつか》です」
 駅から車で10分。町から離れているどころか、町の真ん中とも言うべき場所にその神社は有った。今や境内が青白幕で区切られ、即席のステージの如く仕立てられている。
 仁美と社務所に向かったコウシは、宮司と引き合わされていた。

「よ、よろしくおねがいします。それで僕はどこに行けば?」
「ああ、まずは着替えてもらって、境内でお祈念をしたあと、男児子《なんじこ》たちにはそれぞれ個室に居てもらいます」
「その後は?」
 更衣室ともなるその個室に向かいながら、北塚にコウシは尋ねる。

「しばらく……一刻半ほど……三時間というところですか。その位経ったら、終わる予定です」
「不明確……なんですね?」
「ええ、実り神様が部屋の間を巡って、儀式が終わったらもうその後は帰っていただけますので」
 随分と弾力的な予定に堪らずといった具合に仁美はそう尋ねるが、北塚は何でもないような様子で説明する。

「まあ、風習というものですから。謝礼はその時にお渡しします」

 ほかの子たちには秘密ですよ。と老爺はニコニコしながら、個室の障子戸を引き開けた。そこには今日の昼食が配膳されるであろう足つきのお膳と、掛け軸がある。

「実り神様の姿絵と言われております。今日だけの公開ですから、触らないとは思いますが、念のためお触りにならないよう。それと……神様は直視することもよしたほうがいいと言われております」

 騎の左右を入れ替えたような一字「奇馬」が添えられたそれは漆喰のような白色の首のない馬の姿をしており、腹には果房のようなものが鈴生りに幾つもぶら下がっていた。
 それが乳房だと気付いたのは、隣で怪訝そうな表情をした仁美の胸が、そっくりだったからだ。

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