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歩く。【ケムリクサSS】

ここがさいしょ あと

「りんさん、これ、なんですかね」
 わかばがふと立ち止まり、下の方を見ていたかと思うと私に話しかけた。
「……なんだろうな」
「ええー、教えて下さいよ。というか見てないじゃないですか。りりさんの記憶にないですか?」
「おまえなあ……私をなんだと……」

 赤い木を打倒し、それにより開かれた亀裂の先に広がっていたのは、見たことのない温かな世界だった。と言っても、あの後すぐ姉さんとりな、そしてシロの元に引き返し、消耗しきっていた皆の回復を待ち、体制を立て直して再度【外】に出てみようとなったのは、空が何十回か明けた頃だったが。
 ……あるいは、そのまとまりを、大体【ひと月】というのだという。

「はぁー……ケムリクサ……ではないんですよね。これ全部」
「ああ、吹いても何も出ないし、わかば……おまえも操作できないだろう?」
「ええ、はい」
 と、わかばは言いながら、そこら中に広がる小さな草のみっしり生えた枝を見上げる。

 はっきり言って、なんなんだこれは。と思う。

「みっ、みどりちゃん!? 木!? 木がいっぱいにゃ!?」

 ほんの半時間ほど前、そう言って興奮のあまりネコんだ姉さんも、しょうがないことかもしれない。
 こんな……空が見えないほどの深緑の草に囲まれた世界だなんて。

「ここはあたたかいな」
「そうですね……じゃなくて!」
 頬を撫でる空気の流れ……かぜ。茂った草の間から差すちかちか……ひかり。その僅かだが感じる感触に、りくのことをふと思い出していると、ずいと何かを目の前に突き出された。
「これ、この、【くさ】でも【えだ】でも【き】でもない、ヒラヒラ。なんなんですか?」
「これは……はなだよ。だ」
 そこにあったのは足元から摘み取ってきたらしい淡い色合い……赤色でも、本体の葉の色でも、もも色でもない、不思議な色の、花。だった。記憶から引き上げて名前を知ったそれは、頼りないくらい薄く儚い。

「ええと、そうだな……それは……アザレア」
「……?」
 私はさらに目線を宙に彷徨わせ、その花の正式な名前を思い出す。
「ひとくちに花と言っても、いっぱいある。みたいだ……ぞ」
 あれ、なんで私はこんなことをわざわざ。と思ったときには、なんとなく借り物の言葉は、そのアザレアの花のように、ふわふわと覚束ない口ぶりになってしまった。
 りりから受け継いだ……受け継いでいた記憶を開くのは、まだなんとなく、こわい。

 一方でわかばはといえば……震えている?
「す……」
「す?」
 言葉をなんとなしに繰り返す。
「すっごーい! ですねえ!」
「うわっ!」
 勢いよく顔を上げたわかばの勢いに気圧され、わたしは思わず後退る。
「すごい。すごいですよ【外】。こんなにあたたかで、どこにでもくさがめっさ生えてて。なんとなく空気もしっとりしてるし。その上見たことも、聞いたこともないしんはっけんのモノ……花? があるだなんて。しかも……これも一種類ではないんですか? これからも楽しみだなあ!」
 そういって、わかばは私の前でクルクルクルクルと脳天気に花を手にして回転していた。

 その姿は……頭上を覆う草のせいで薄暗い中でもキラキラしていて……。
「ね、りんさん!」
「う……」
「う? なんです? りんさん」
 ピタッと……とはうまくいかず、十分の一ほどふにゃっと余分に回転しながら、わかばが止まって私に向き直る。

「うるっさーい!」
「ひ、ひやあああーーー!」

 そうして、また怒鳴ってしまった。

【おわり】

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。