余白
入居前確認のため、新居へ向かった。
近くには銀杏並木があり、畑があり。素敵な住居が多い。こんなにも、扉にクリスマスリースが掛かっている並びを、見たことがない。
しあわせで穏やかな家族、居場所を持つひとたちが多いのかな、と想像した。
新居へ向かうのにバスで移動したが、これまでのように、どの行先のバスに乗っても自宅に辿り着ける訳ではなくなった。
これまでが、いかに便利だったのかを実感する。かといって、次のすみかも不便ということはない。ただ、余白は感じられるような気がしている。部屋は広くなるのに、ミニマリストほどではないが、荷物はどんどん手放している。
そういえば、今回(も)、ネコと暮らしたい気持ちを断念した。窓の外からネコの鳴き声が聞こえるので、眺めてみると、目の前の大きな戸建て(それはもう大きな住居だった)のベランダで鳴いていた。家のなかに入りたいようだ。そのうちに、ご家族の母娘が部屋から顔を出して、ネコの食事を用意しているようだ。きっとこれからも、この光景を見ていくんだろう。運が良かったな、と思う。
街は静かだった。街を歩いて気付いたが、戸建てが多いので、3階以上の建物が本当に少ないのだ。また、坂が多い地域なので、傾斜で余計に空が開けて見える。どこを歩いていても空が広いし、部屋から眺める空もとても広い。畑や、農園もある。東京で長く暮らしてきているひとたちの、ていねいで上品な生き方や生活のような雰囲気を感じ取っている。わたしも、そういうステージが来ているということなんだろうか。
街は静か、といえば聞こえは良い。ただ暗い時間だと、恐さもあるのかもしれない。私は夜道をひとりで歩くことが出来ないまま、歳を重ねてしまった。静寂と夜空と寂しさと、ともに居続けることができるだろうか。
2021.12.05 18:11 @tokyo meguro
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