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翻訳:ニューヨーク・タイムズ こねないパン

こねないパンについての記事を見ても原典であるニューヨーク・タイムズに掲載された元記事をリンクしつつ全く読んでいない(話が食い違ってる)サイトがほとんどだったのであえて愚直に翻訳してみました。

私は原文を読んで、料理に対してこういった分析的、科学的な記事が書かれていることに非常に驚きました。日本のレシピ記事は「こうしたらこうなる、ほら!すごいでしょ」という、よく言えば手順書で終わっていて、呪術的で盲目的、口伝のおまじないであり中世から抜けてない現実に気が付きました。

誤訳指摘歓迎です。ひとまず解説部分の翻訳から、後のエントリでレシピ翻訳を掲載します。

NY Times 翻訳元記事(2006/11/8) :The Minimalist - The Secret of Great Bread - Let Time Do the Work - NYTimes.com

The Secret of Great Bread: Let Time Do the Work(スゴいパンの秘密:時間に仕事をさせましょう)

記事:MARK BITTMAN(マーク ビットマン)

パン焼きの歴史で革命的な出来事は稀です。実のところ6,000年間でほとんど変わっておらず、1859年にパスツールによってイーストの商業生産が可能になり、その後ガスストーブ、電動ミキサーやフードプロセッサーによってより簡単に、早く、安定して焼けるようになりました。

焼成後の調理については置いておくと、ジム・レイヒ(Jim Lahey)の方法はそれ以来最大の事件かもしれません。

この物語の始まりは9月後半のレイヒ氏からの1通のメールで、彼の店であるサリバンストリートベーカリー(マンハッタン533西47ストリート)のパン教室への招待でした。彼の言葉は魅力的でした。「最低限の労力で自宅で素晴らしいパンを作る方法を教えましょう。四歳児でも素晴らしい出来栄えになるでしょう」

私はレイヒ氏と時間を取り決め、一緒に焼いてみて唯一良くなかったことが、四歳児には難しすぎることくらいでした。賢い八歳の子どもなら出来るでしょう。ともかくパンの出来栄えは素晴らしいものでした。

レイヒ氏の方法はいくつかの点で特徴的です。一つには、全くこねないこと(繰り返しますが、全く)そして特別な食材・設備・技術を要しません。ほとんど労力を使いません。

全く聞いたことのないやり方ではないけれども、一種異様な比率配分や数値で進めます。注目すべき点は、パンを作るために24時間を要することです。時間がほぼ全てのパンづくりをしてくれます。レイヒ氏の生地は小さじ1/4というごく少量のイースト(普通のレシピでは小さじ1に満たない量をお目にかかることは無いでしょう)を使用し、非常にゆっくり発酵させることで補います。生地は水分42%と非常にゆるいもので、上級のプロのパン職人がカリカリとした外側で内側は大きく互いに支え合うような隙間があるパンを作るやり方です。

パン生地はこねないと言うより、べとべとしているのでこねることが出来ません。粉を混ぜるのに一分以下。カバーをしたボウルに放置すること18時間。まな板にひっくり返して15分、手早く形を整え(30秒程度)2時間再発酵させます。それを焼く。たったそれだけ。

「 “On Food and Cooking” (食べ物と食事)」(Scribner,2004年)の著者でアマチュアのパン焼き家であるハロルド・マギー氏にこのやり方についてどう思うか尋ねてみました。彼の答えはこうでした:「理にかなったやり方です。長くゆっくりと寝かせることは集中してこねることに匹敵します。グルテン分子が整列し網目状に結合するためには水分が多い方がより早く推移するため、生地が堅い場合より都合が良い。そのため水分の多い生地は有効なのです」

私が思っていたことの技術的検証として十分ですが、レイヒ氏のやり方は創造的でスマートです。

しかしここまでの話は、まだ独創的だと言えません。一年以上前にマギー氏はより少なくこね、時間を使うことを語ってましたし、フードプロセッサによる生地作りの権威で「“The Best Bread Ever”(史上最高のパン)」(Broadway,1997)の著者のチャールズ・バン・オーバー氏もずい分昔に非常に水分の多い生地をじっくり発酵させる手法を(フードプロセッサの素晴らしい用法とともに)教えてくれてました。それにまた、レイヒ氏自身もメモに「エジプト人はパン生地にパン種を鋤で混ぜた」(訳注:古代、パン生地は堅くなくこねずに作ったと推測できる。昔から知られている技術)と書き残しています。

レイヒ氏の真に革新的なところは、しっかりと膨らんだ内側、軽さ、信じられないような風味ーこれらは長い発酵によってもたらされますーそして惚れぼれとするカリッとした外皮こそ、アマがプロに敵わないところでした。私がこれまで焼いた、厚く表面が堅いタイプのパンもまんざら悪いものではありませんでしたが、表面のサクサクした歯ごたえのパンではありませんでした。そんなパンを作るには、外皮が形成されるときに上から水を補給する必要があるので、アマチュアには難しく長年の悩みの種となっていました。

そういったパンを焼く時、プロは蒸気注入オーブンを使用します。私は家庭調理で、生地に刷毛で水を塗ったり(効果なく手間がかかる)霧吹きをしたり(何度もやらなければならない上にあまり効果がない)オーブンの底に氷を投げ入れたり(オーブンに良くないし効果がない)サウナのように容器に焼け石を詰め水をかけたり(危険な上に場所をとる)してみたがうまくいかない。ラ・クローチェ(釣鐘型のパン焼き器)の使用を考えましが、ただ一つの目的のために余計な道具がキッチンに増えることを嫌って止めました。プロ仕様の蒸気注入オーブンは5000ドルもするので諦めました。

振り返ってみるとそんなことをする必要は全く無かったのです。レイヒ氏は、余熱し蓋をした鍋に生地を入れて解決しました。それは普通にあるもので、重たいけれど珍しいものではありません。一つのパンを焼くのに彼は古いル・クルーゼ(鋳鉄のホーロー鍋)を使いました。それでなくとも重い陶器の鍋でも良いでしょう(私は鋳鉄の鍋を使ってうまく出来ましたよ)

熱した、蓋をした鍋に生地を入れて焼き始めることで、レイヒ氏はパンの外皮を湿潤な環境に置いて焼けるようにしたのです。容器はオーブンと同じ効果があり、しかも容器の中は蒸気を多く含んでいます。30分後に蓋を取り、表面を茶色く、サクサクする硬さにするまで焼き、パンは出来上がります(心配しなくともパンは膨れて容器に入れた時より大きくなるので、こびりつく恐れはありません)

全体の手順は信じられないほど簡単で、私自身三週間ほど試してみましたが本当に信頼できると言えます。プロは小麦、水、イーストの分量や温度を一定に保ち作りますが我々アマチュアはまず一貫して作れないものです。レイヒ氏はそれを素人のハンディだとは捉えずに、彼の作り方はそれすら受け入れます。「私はむしろいい加減な作り方を勧めます」とレイヒ氏は言います。「より難しいやり方を好む人をがっかりさせるかもしれませんがね。このパンを見れば明らかでしょう」

高級ベーカリーの味で、ヨーロッパ風のドーム型の素晴らしいパンは、私が試したいかなる方法よりも簡単で、あなたを驚かすでしょう(まだ業界を刷新するには至っていません、レイヒ氏は大規模化を試みてますが、省電力化はできても時間と空間が大きくなってしまうからです)強力粉で作るのは最高ですが、他の粉でも上手く作れます(私は全粒粉やライ麦粉で作ってみましたが非常に良い出来でした)

あなたは(あるいは八歳児は)最初から完璧にできるかもしれませんし、そうでないかもしれません。そうでない場合、判断は難しいところですが、やり方が正しいかよく確かめましょう。

パンを焼くことは実際のところ誰にでも出来ます、最も重要なのは辛抱です。長くゆっくりとした発酵が重要です。レイヒ氏は12~18時間と言ってますが私はそれ以上時間をかけて非常に上手くいってます。急ぐ場合は多くのイースト(小さじ3/8)にするか高い室温で寝かせるかするのでしょうが、だけども12時間待てるのならなぜ18時間待てないのでしょう?二回目の発酵で少しでも短い時間でなく、二時間あるいはそれ以上待てば仕上がりはもっと良くなるでしょう。

失敗したパンでさえ、たいていのパン屋の商品と同じくらいおいしいものですが、本当にパンを感動的なものにするにはちょっとした約束事を守る必要があります。
 ほんの少しの辛抱で、そして仕事らしい仕事をしないパンで、これまでに作った最高のパンが焼けて、あなたはきっと満足するでしょう。それは決して小さな出来事ではありません。

翻訳:レシピ「こねないパン」


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