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幻想の音楽通信 Vol 16

冥丁 - Kofū / 古風

北海道を拠点に活動するアーティスト冥丁の三枚目のアルバム「Kofū / 古風」は、ファーストアルバム「Kwaidan / 怪談」から地続きでありながらサウンド面では初期から散見される「煩雑する世俗との境界線」を切り取ったような散逸したイメージとは違い輪郭のあるサウンド面が表出します。今作はbandcampの説明文に示されている通り「失われた日本のムード三部作」として位置付けられています。アンビエントやプランダーフォニックスに日本の民謡や童謡と思しき欠片をコラージュした作風で、「失われた過去」という「扉」の在処を浮かび上がらせます。前掲のRegular Citizenがロシアの迷信を想起させるのに対して冥丁の音は日本の怪談や俗信を彷彿させます。

美術史家である宮下規久朗氏によれば西洋において「扉」は

門と同じく、扉はあらゆる文化圏において、境界や通過を表すものである。閉じられた扉は、しばしば聖母の純潔の象徴にもなった。              「モチーフで読む美術史」扉より

とあるように境界を示す象徴として絵画の中にも描かれています。冥丁の示す「Kofū / 古風」は各楽曲が過去の歴史に契機となって点在する日本の風土や状況を回顧としてイメージするのではなく内面化(モニュメントでは無い記憶として)あるいは克服を経ようと試み、「失われた過去」との転回を窺わせます。

民俗学者である常光徹氏によれば、柳田國男は俗信の重要性に早い段階から気づき研究に取り組んだとされ、それらの研究は野村昭氏等へ継承される事になりました。野村氏は「俗信の社会心理」内で、「民俗学辞典」における俗信の定義(古代の信仰が退化し残存したもの)に対して俗信は時代と共に変化、変容する可能性を示唆します。宮下氏は門に見られる象徴の比較として日本の寺社の鳥居や山門を挙げていますが、冥丁の示す音楽の境界はそうした鬼門としての具現としてよりは時代の経過に伴って変化したイメージや気運として常光氏が「魔除けの民俗学」内で述べた吉田足日の「おしいれのぼうけん」に見るような身近な空間の中に立ち顕れるムードとしての俗信を現出させます。


Anna von Hausswolff - All Thoughts Fly

スウェーデンのアーティストでパイプオルガン奏者のアンナ・ヴォン・ハウスウルフの五枚目のアルバム「All Thoughts Fly」は、チェルシー・ウルフの持つ荘重さを西洋クラシックの持つ即興性では無い固定演奏の中でゴシック・ロックやネオクラシカル・ダークウェイブなテイストとして最大限に押し出した前作とは構造的にも異なり今作は全ての楽曲がインストゥルメンタルな構成で成り立っています。

今作のタイトルである「All Thoughts Fly」の由来は、イタリアのボマルツォにひっそりと佇むサクロ・ボスコ(セイクリッド・ウッド《聖なる森》または怪獣庭園)という庭園が起因しています。随筆家で写真家の巖谷國士氏が「ワールドミステリーツアー13」の中で語っているように庭園には多くの神話に出てくる神をモチーフにしていることが特徴です。

オルコ とは本来ローマ神話のオルクスのことで、ギリシア神話の冥界ハデス、あるいは死の神タナトスと同一視される。                  「ワールドミステリーツアー13」より

アンナはその中の人食い鬼オルコ を模した彫刻に彫られた字「All Thoughts Fly」(Ogni Pensiero Vola)をタイトルに付しました。サクロ・ボスコの持ち主であるヴィチーノ・オルシーニ候は若くして死んだ妻の為に建築家のピッロ・リゴーリオに制作させてこの庭園を作ったと言われています。クロード・ロラン、ダリ、ゲーテといった芸術家や詩人に愛された庭園をアルバムの中心に据えようと思った経緯についてアンナが語ったように聴く者に怪物庭園の持つイマジネーションを想起させます。

このアルバムを作るきっかけは、悲しみと荒野、そして時代を超えたものです。この公園が生き残ってきたのは、その美しさだけではなく、イコノグラフィーがあったからこそ、予測可能な思想や理想から解放されてきたのだと思います。(中略)「「All Thoughts Fly」は、この作品へのオマージュであり、この場所が私の心の中に呼び起こす雰囲気や感情を表現しようとしたものです。それは、私が説明するのに言葉を欠いている場所への非常に個人的な解釈です。私はオルシーニが死んだ妻への悲しみからこの記念碑的な公園を建設したと信じたい。そして私の「Sacro Bosco」ではこの物語を私自身のインスピレーションの核として使用しましたた。」                                                              bandcampより

「All Thoughts Fly」は、各楽曲が一貫して共鳴し呪縛からの解放を彷彿させます。二つのルームマイクに加えてオルガン内に設置された二つのクローズマイクによって鳴る音をフィリップ・レイマンによって再構築したアルバムの特色に「Dolore di Orsini(オルシーニの痛み)」から連なる亡き妻を想うオルシーニからアンナが「Outside the Gate (for Bruna)」まで貫徹された庭園(マニエリスム)を通じて遺構(現代)に漂うランドスケープとして魔術的な鎮魂を響かせます。










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