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3000円書籍出版倶楽部論(1)

シェア書店の可能性と3000円書籍倶楽部について

-----------時代変換期の出版ビジネス


1.出版業界の構造的変化について

出版業界は大きくメディア産業の一ジャンルであるから、出版業界の変化は、メディア産業全体の関連で考える必要がある。

大きな視点で見てみると、出版業界は近代の産業革命による大量生産・大量流通の大きな流れの中で発展してきた。印刷技術の発達は、大量印刷を可能にし、マンガ雑誌も月刊誌から週刊誌になり、少年ジャンプは1994年に653万部という凄まじい部数を記録した。653万人が本屋やコンビニや駅売店で少年ジャンプを待ちわびて、買ったのである。

出版も、放送も、商品も、大手企業が大量に生産し、日本各地にきめ細やかに流通するシステムを構築した。ダイエーの創業者であった中内功は「売上高がすべてを癒やす」と言った。大量に生産し、大量に流通することが、社会の意義であり、戦後社会の経営者のテーマであった。

そうした1対nの大量生産・消費構造が崩れてきたのが、95年以後のインターネット状況ではないか。1対nの放射状の情報流通から、P2Pの個人から個人への情報流通に、メディアの重心が移ってきたのだと思う。

現在、言われている出版業界の不振は、近代の大量生産・流通・販売システムの制度的な問題であり、新しい時代に即した、生産・流通・販売が必要になってきていると思う。

2.ネットの高額本

現在の出版ビジネスは、「新刊」が商品である。出版社は新刊を投入して、取次も新刊配本流通が主要な業務となっている。これは自動車や洗濯機のような機械的プロダクツであれば、旧製品より新製品の能力は高まっているのだから、新製品の魅力があるだろう。しかし、書籍というのはどうなのであろう。作家にとって最新作がベストの作品とは限らない。しかし、取次は新刊しか大量配本してくれない。もちろん過去の作品も注文があれば届けるが、そういう数は少なく、結果として、出版社は倉庫の維持費用がかかってしまうので、絶版になる。多くの作家やライターがいるが、自著の大半は絶版になっているのではないか。

そういう絶版のもので、読者が欲しいと思ったものはネットのオークションや古本屋で値がつく。熱烈なファンのいる著作は、競り合って、どんどん値段が高騰している。10万円の値段がついている絶版本もある。数万円の値段がついているものはたくさんある。

しかし、だからといって、そうしたネット高騰本を、通常の新刊として販売したとしても、それほど売れないのではないか。あくまで、特定の熱心なファンや研究者にとって大事な価値でも、一般の人が必要なのかというと疑問である。

しかし、そうしたネット高騰本こそが、「1冊3000円で1000部」のモデルに最適なのではないか。激安のネット印刷を使えば、100部からでも増刷出来る。ただし、それが出来るのは、その本の著作権を持っている著者だけである。

たくさんの絶版本を持っている著者こそ「自分出版社」を立ち上げて、小ロットの出版ビジネスを開始出来るのではないか。それは、自分の読者の組織化でもある。

3.3000円の本

1000円の本を初版3000部印刷して、全国的な書店に配布するには、取次・書店のソリューションに頼るしかない。取次は長い年月をかけて、全国津々浦々に大量の本を迅速に配本するシステムを構築してきた。しかし、その大量生産のベストセラー期待の出版流通が崩れはじめている。大量に配本しても、大量に返品が来て、売上のたたない物流費用だけが重なっていく。

私たちは昨年「ゲームは動詞で出来ている」という本を発行した。最初は通常の書籍ルートも考えたが、既存の流通では埋没してしまいそうなので、サークルを作り、同人誌としてコミケを発行することにした。定価は3000円に設定した。通常の書店では考えられない定価設定である。マス相手の本ではなく、ゲームが好きで、開発者や開発者を目指していく人のための本なので、必要な人にとっては高くはないと思う設定である。

コミケでは持参した分は完売、現在は、BOOTHを使ってオンラインで販売しているが、毎日、すこしずつ注文が入っていて、止まらない。シェア書店でも家賃分を稼ぐ活躍をしている。


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1000円の本を3000部販売するには、既存の流通に頼るしかないが、3000円の本を1000部売るには、別の方法があるのではないか。

4.シェア書店の可能性

まだはじまったばかりのシェア書店の動きだが、実際にやってみて、気がついたことがある。通常は、棚主になって、自分の不要な本を販売するのだが、「本屋さんごっこ」の最初の楽しさは持続しない。確かにブックオフに持っていけばちり紙交換のような値段で引き取られる、自分の愛すべき本が、自分で値付けを出来て並べられるのは魅力的である。しかし、実際は、そうは売れない。

売れない理由を考えてみた。
◇値付けが高すぎる。ネットを探せば、定価0円で送料だけ負担というような本がたくさんある中で、一般的な書籍をシェア書店で買う必要はない。

◇棚主が本当に大事にしている本を売るのではなく、二軍三軍の本を出しやすい。

◇通常の個人の蔵書は限度があるので、一度、棚に納品したら固定化されて、本が売れなければ、いつも同じ棚になって魅力が薄れる。

◇これは今後の課題だが、新刊書店の大きな課題に万引き問題がある。万引きされると、委託されている書店にとっては販売と同じことになるので、盗まれた上に、費用を出版社に払わなければいけなくなる。そのために、RFID(ICタグ)を本に印刷してしまうというテーマが20年前から検討されているが、まだ実証実験をやってる段階。シェア書店は、棚主が交替で店番やるシステムが一般的なので、万引き対策が今後の課題となるのではないか。売上になっていないが、棚に現物がないという場合は、面倒なことになりそうだ。

その他、これからさまざまな問題が起きると思うが、それでも私はシェア書店の可能性を信じる者である。

5.私の考えるシェア書店

一般の読書家が公開した書棚のように、シェア書店に個性あふれる棚主になるのは大歓迎である。より個性的になって欲しいと思う。

それとは別に、新しい出版業界の可能性をシェア書店の動きに感じている。
最初に書いたように、現在の出版業界は、近代の方式そのままに、大量生産・大量消費を目的として仕組みである。現在、大手出版社は、マンガとアニメのコンテンツを世界市場まで含めた巨大な市場でビジネスを行い、大成功を収めている。量の追求をするなら、世界市場に出なければならない、と言うのも、90年からの企業の課題である。

しかし、マンガやアニメのコンテンツを持たない、大手以外の出版社は、現状の近代的出版流通の崩壊の中で、生き延びられないのではないか。

私は、こう考える。

定価1000円の本を初版3000部で全国の書店に配本しても、ほとんど目立たない。
大阪の人が大阪中の本屋を回って探しても見つからない。それならばネットの方が確実に手に入る。でも、それは書名や内容が分かっている読者の目的買いである。もうちょっと漠然とした読者に対しては、どうであろう。

現在、医学書などの専門書を発行している出版社は、書店と特約店契約をする。
書店の棚を、いわばシェア書店の棚主のように定期で借りるのである。そこに自社の本を並べておけば、その地域の専門書の本を買いたい読者が、探しにくる。

この発想をシェア書店に応用すればよいのだと思う。例えば、福岡、大阪、京都、名古屋、東京、仙台、札幌などのシェア書店に中小出版社が棚主になって常備店とすれば、それぞれの都市の人たちは、いろんな本屋を探さなくても、常備店に直行すればよい。地方都市に1箇所あれば、とりあえず良いのでは。

これは出版社でなくても、著者本人が棚主になって、自著を並べればよい。絶版になったものは3000円定価にして自分出版社として発行すればよい。マニアックなサークルで運営してもよい。

むしろ地方の書店こそが、シエア書店の構造を受け入れて「常備棚」として出版社などに提案をすればよいのではないか。

いずれも、中小出版社でも、著者でも、サークルでもそうだが、自分たちの出版活動に関心のある顧客を組織化する必要がある。出版社任せにするのではなく、販売も自分たちの仕事として捉えるべきだろう。読者のコミュニティ化のツールとしてインターネットは最高のシステムだと思う。

6.3000円ブッククラブ

私たちは、今後も、さまざまなテーマで「3000円に値する本」を追求して行きたい。同じようなテーマを持つ人がいたら、協力していきたい。

例えば、シェア書店の「ほんまる」だと、棚を借りるのに一番高いところでも月額9350円である。手数料は5%だから、搬入費などの経費を入れても、月次で5冊売れれば採算が取れる。それ以上売れれば利益である。

私は、将来「3000円ブッククラブ」を作り、3000円の本を発行する人が共同で全国のシェア書店の棚を借りて、運営する体制ができるのではないかと思っている。まずは、自前で、少しずつ、3000円のコンテンツを開発し、シェア書店での販売実験を行っていくつもりである。

『イコール』は、福岡、奈良、京都、東京などのシェア書店を借りて販売している。バックナンバーも揃えられる。今後、連載記事を書籍化して、自前の棚で販売していく予定である。

更に30000円の本を100冊、販売するというのも、更に読者を限定できて売り方も模索できるだろう。定価3万円であれば、手数料30%払えば、9000円になるので、売る方もやる気が出るのではないか、日本能率協会や矢野経済研究所が出している資料本のような高額書籍が考えられる。

いずれも、低価格の本を大量に販売するというビジネスモデルとは別の、本の質と読書層を絞った出版活動がありうると思っている。

7.1対nの時代からP2Pの時代へ

本来、書籍は、著者と読者の誌面を通したP2Pの対話である。100万部売れようが1000部しか売れなくても、本を通して、一人の著者と一人の読者が向かい合うメディアである。

インターネットによってP2Pの時代が本格化していく。私たちは、P2P時代の出版業界のあり方を考え、行動する時期に来ていたのではないだろうか。

個人のスキルアップの時代から、関係のスキルアップの時代に移りつつある。近代と言う量の時代がフェードアウトして、新しい質の時代が始まる。その時代の先頭ランナーは間違いなく出版業界である。



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