捨て猫記
昨日(2024、10/24)のことです。
午後3時過ぎ、愛犬コロの散歩に連れ出しました。
いつものルートを取る予定で「水辺公園」へ。
そのルートとは、釣り堀ぞいのアスファルトの遊歩道から左に拡がる公園への階段をのぼり、そのまま公園の草地を抜けて住宅地をぐるっと一周というもの。
ところが、釣り堀ぞいの遊歩道に入ったとき、前方(公園への階段の下あたり)から、かわいい鳴き声が。
みゃあ、みゃあ、みゃあ……みゃあ、みゃあ、みゃあ……
見ると、濃い茶色のトイプードルを連れた女の人の足元に、薄茶色の毛の固まりがまとわりついているのです。
不審よりも好奇心から「どうしたんですか?」と声をかけました。
「子猫なんです。ちょっと見たら、5匹くらいいて……」
アスファルトは公園への階段に左折するところでほとんど切れていて、もし真っすぐ行くなら、その奥は草地と疎林になっています。
大雨が降ると「え? このあたり沼?」と思うほど大きな水たまりになるような場所。
ときどき工事関係の車などが駐車するものの、足元が悪いためほとんど人はそちらへ行きません。
つまり、左に折れて公園へ入らなければ、つきあたりは広い荒地というわけです。
その荒地と階段の中間に密集した茂みを指さし、トイプードルの女の人が戸惑った表情をしていました。
「いま、ここには2匹しか出てきていないけど、5匹いましたよ……。特にこの子、ものすごく人懐っこいから、ウチのワンちゃんが怖がってしまって」
本当にその1匹は活発で人懐こい子猫でした。頭から腰まで、人の握りこぶし2つ分くらいの大きさです。
もう1匹は目が開いて間もないのか、ちょっと弱々しい細い目元をしています。足腰もよろよろしていて、ほとんど動きません。
どちらも薄茶色。活発な子猫はうっすらと縞模様が見て取れました。
活発な子はトイプードルより体格の大きいコロにも物おじせず、近づいてきます。ひっきりなしにミャアミャア鳴きながら。
「子猫ってこんなに小さいんですね。……なんだか生まれたてみたい」
「……実はご近所さんが、このあたりに狂暴なトラジマの野良猫がいると言っていましたから、もしかしたらそれが母猫かも。近くに母猫がいると思いますよ」
わたしたちは見まわしましたが、それらしい猫は気配もありません。
少し以前に聞いたハナシでは、「ちょっと目を合わせただけでシャーッと威嚇してきて怖いトラジマの野良猫がいる」とのこと。
目の前の子猫とウワサのトラジマが頭の中で結びついてしまって、『子を守ろうとする母猫の母性愛が警戒心マックスにさせたのだろう』と思いこみました。
「わたしたちがいると母猫が現れないかもしれないし……」
曖昧に会釈すると、トイプードルと女性は去っていきました。
そのころには、活発子猫とコロは近づいたり、顔を向け合って輪を描いて跳びはねたりしています。
驚いたのは、コロは吠えもせず、うなりもしなかったことです。郵便配達のバイクを待ち伏せして吠えかかり、通り過ぎるトラックにすら威嚇の咆哮をあびせるコロが……。
「ごめんね、ウチでは飼えないんだよ……」
いくら見回してもその2匹の子猫しかおりません。
困ったことに、公園への階段をあがると、活発子猫が健気にもヨチヨチついてきます。
コロも戻りたそうに振り返ったり足を止めたり……。
公園を出るときには、活発子猫はもう1匹の兄弟猫のもとへと戻っていくところでした。
どうすればいいんだろう? こういうとき……。
一度帰宅したものの、コロは駐車場の入り口から動きません。あの子猫と遊ぶことを望んでいるのでしょうか?
何か食べ物を、ミルクなどを与える? 荒地から保護できないなら、無責任にエサをやるべきじゃないし……。
ゴミをまとめ、煮物の下準備などをしみても、迷いは消えません。
コロのリードをつかんで家に入れようとしましたが、ガンとして動きません。
うーん、お散歩が足りないかな? ついでに、子猫たちの様子を見に行ってもいいかも?
……もし子猫たちがいなくなっていたら、きっと母猫か誰かに保護されたのだろうし……。
子猫への心配をどう形にするべきなのか分からないまでも、とりあえずもう一度姿を見て考えよう……。
迷いつつ、再びコロのリードをつかんで水辺公園へ。
どうするべきなのか決めていれば、ダンボールなり抱えていたでしょう。でも、中型犬を連れてダンボール箱持参で公園に行くのは少々無理があります。
それでも、このときうかつだったと言わねばなりません。
なにしろ、いつものクセで、スマホもデジカメも持たなかったのですから。
果たして、子猫たちは?
アスファルトの通り道の先に。
荒地の入り口に。
小さな薄茶色の毛玉が二つ。
身を寄せ合って……。
再び……みゃあ、みゃあ、みゃあ……
活発な子が細目の子の前に回り、コロと対峙します。威嚇のシャー的態度は示しませんが、犬と子猫は遊んでいるのかどうか? 子猫は時々、舌を鳴らすような音を立てます。
「まだここにいるなんて、困ったね。お母さん猫はどこ?」
とりあえず子猫らに質問しましたが、2匹に分かるわけがありません。
活発ちゃんはコロの間隙を縫ってわたしのズボンすそに這い上ろうとしながら大きく目を見開いていますし、細目ちゃんはすでにわたしの靴の甲の上で腹ばいになっています。
……本当に困った。
間違って踏みつぶしたらどうしよう。
そのとき、救世主が。
ご近所のMさんです。
公園とは通り一本へだてた家に住んでいる方で、
「なんだか猫の鳴き声がしたものですから」
スマホを片手に公園の階段を降りて来てくれたのです。
「ここには2匹しかいないけど、さっき人から聞いたところでは、5匹くらいいたそうです」
活発ちゃんはMさんにも「わたしは人懐っこいイイ子アピール」をし始めます。
「野良猫が産んだのだと思いますけど……母猫がいなくて」
「わあ、どうすればいいのかしら……。ウチも猫を飼っているからこれ以上飼えないし……」
戸惑い顔は同じだったものの、そのときになって、わたしはふと思い出したことがありました。
数年前、野生動物を道路わきの緑地で見かけたとき、市役所に電話したことがあったのです。
Mさんのスマホを見て、いまさらそんなことを思い出しもし、わたしもスマホくらい持って来ればよかった……と自分のうかつさにうんざりしたものです。
「市役所に連絡して、保護してもらうことができるかもしれませんが……」
「確かめてみますね」
荒地からも「みゃあ……」が聞こえてきました。階段脇の茂みからも。
活発ちゃんと細目ちゃんの他に、茂みからグレーの子猫と茶色の子猫が出現。
ところがグレーの子と茶色の子はすぐ奥へ隠れてしまいました。
「出ておいで、こっちだよ」
棒切れで茂みをかき分けてみましたが……「みゃあ」とも返事がありません。
そのあいだ、活発ちゃんは電話しているMさんの足元に。細目ちゃんは路上でうずくまっているばかりです。
自転車に乗った三人の小学生の男の子がやってきました。
「あ、子猫だ! かわいい~」
「すげー小さい!」
「なんか懐っこい」
電話を終了したMさんが言うことには……。
「市役所では対応できないから、保健所に連れて行ってほしいそうです。そうなると殺処分になるし……。保護猫の活動をしている組織の番号を教えてもらったけど、すぐには来てくれないでしょうし……」
「うわあ、困りましたねぇ」
小学生の男の子たちにMさんが「子猫引き取れる? 子猫ほしいって人、知っているかな?」と声をかけています。
そのあいだ、わたしは左手にコロのリード。右手に茂みから現れた薄茶色の3匹目をつかんでいました。
一度荒地へ足を向けたMさんが、首を振って戻ってきました。
「なんかダンボールがあって、1匹いるんだけど、ものすごく威嚇してきて。アブもいるし回収できません……」
「え、ダンボールに? 野良猫の子じゃなく、ヒトに捨てられたということですね……」
小学生たちが活発ちゃんと細目ちゃんたちを見てくれているあいだ、一度Mさんは自宅へ。ペットのトイレシーツを敷いた新しいダンボールを持ってすぐに戻ってきてくれました。
ダンボール箱に活発ちゃんと細目ちゃん、茶色ちゃんの3匹が回収されました。
「とりあえずウチで一時預かりします」
「お願いします。……無責任な人のせいで、なんだか大事になりましたねえ……」
活発ちゃんは本当に活発で、箱のふちから脱走を試みます。ちょうど箱を持ち上げていたため、活発ちゃんはこぼれ落ちることに。
「ひゃあッ!」
思わず二人で悲鳴をあげたのは、コロが活発ちゃんを空中で一瞬くわえたからです。
Mさんが片手を伸ばし、活発ちゃんを再び箱の中へ。
子猫はコロの犬歯で傷一つついていませんでした。
「う、受け止めてくれたんだね……」
「ああ、よかった。ありがとう」
たぶん、Mさんは活発ちゃんがコロに
(ずたずたにされる! 食われる……!)
と思ったことでしょう。
わたしもそう思ったのですから。
(ごめん、コロ。君の優しさを信じていなかったわけじゃないけど……。いや、やっぱり信じてやれなかったのかも……)
そのあいだ、小学生の一人が荒地に置かれたダンボール箱を見つけました。
「中に子猫がいる。ハエがたかってる」
Mさんが言っていた「威嚇の子猫」がそこに残っているようです。
人見知りの激しいコロを預けて茂みに入るわけにもいかず、わたしは小学生に頼みました。
「箱ごとこっちに持って来られる? 棒かなんかで引き寄せられればいいんだけど」
足元のぬかるみに気を付けながら、男の子が靴箱を少し大きくしたほどのダンボール箱を持ってきてくれました。
ふたをずらすと、排せつ物らしい汚れがついたタオルと、ペットのトイレシーツがくしゃくしゃになって入っています。幸い子猫には汚れも傷もありません。
白に近い茶色の子猫です。
シャー! シャー!
小さな口を開いて、耳を伏せ、目を細めています。
左手にコロのリードをつかみ、右手でその子を箱から引き上げました。細い爪がペットシーツに引っかかり、ちょっと手間取りましたが……。
「これでとりあえず4匹」
「あとはグレーの子だけですね」
新しいダンボール箱に入ると、威嚇の子も兄弟猫たちと大人しく身を寄せ合っています。活発ちゃんだけが、しきりと外へ出ようとしていましたが……。
グレーの子猫は階段脇の茂みに隠れています。
曇天で、4時半近く。ますます空は暗く感じられました。
Mさんと一緒に声をかけ、茂みをかき分けても姿は見せません。
「一度引き上げて休んだら? 明日から、注意してこのあたりを見て回りますから」
のんきなわたしの言葉に、Mさんは
「でもこの辺はヘビも出るし、これから予報では雨ですよね」
そんなやりとりをしながら、ふと思いました。
それまでずっと、わたしはコロを引っ張り回しながら子猫を探していたのです。
グレーの子猫は、犬のコロが怖くて出てこられないのでは?
活発ちゃんのように、すべての子猫が犬とたわむれるタイプとは限らない……。
つくづくうんざりするのは……思いつくのが遅い、ワンテンポずれて気づく……この悪いクセ。
……なので、グレーの子猫を探すMさんから3メートルほど離れました。
結果、Mさんは無事にグレーの子猫をゲット!
ダンボール箱に5匹の子猫がそろいました♪
「猫飼ってくれそうな人、2人いるよ」
「じゃあ声をかけてみてね」
「うん」
小学生たちとMさんが別れ際、そんなおしゃべりをしていました。
ところで、この住宅地の周辺はヘビやコウモリだけでなく、イノシシもいます。
もしイノシシに遭遇していたら、子猫はどうなっていたでしょう?
なによりも、人通りのほとんどない荒地に子猫を入れたダンボール箱を放置したということは、人に見つけてもらおうと考えていなかったのでは?
もし、子猫たちが自力で箱を出る力がなく、活発ちゃんの声に元気がなかったら……誰にも気づかれなかったことでしょう。
ペットの避妊も飼い主の責任。
うっかり妊娠させてしまう前に、きちんと処置しておけば5匹もの子猫を捨てることはなかったはず。
5匹とも、いい飼い主さんに巡り合えますように。
……という子猫回収のあと、愛犬コロはなぜか拗ねておりました。
コロはリードを引く力が強いため、散歩のときわたしは薄い子供用軍手をはめています。
子猫を乗せたわたしの右手の軍手に鼻を近付け、スンスン、スンスン……と臭いを確かめているかと思えば、またもや駐車場の入り口に腹ばいになり、道路側に顔を向けて振り向こうともしません。
「もうお散歩は終わり。だめだよ。暗くなってきたでしょ。夕飯の支度とか忙しいんだから」
リードを引いてもビクともしません。なので、耳元で脅迫しました。
「ダッコするよ」
いつもは、抱き上げようとするとイヤがって立ち上がり、身をひるがえすコロです。
立ち上がらせるためには、わざとイヤがるダッコをすればいい。きっとあきらめて家に入るはず。
身をかがめ、片手をおなかの下に。もう片手を胸のあたりに。
おや?
驚いたことに、コロは抵抗しません。
わたしに抱き上げてもらい、尻尾をリラックスしたようにだらりと下げて、かすかに左右に揺らしています。顔だけは不機嫌を示して、プイとそむけたままでしたが……。
体重15キロ。年齢12歳。人間だったら立派な大人……いえ、犬であっても立派な成犬です。
拳2つ分の子猫とは段違いに体格も重量も違います。
そのまま庭をまわり、リビングの窓の下にある縁台にコロを着地させました。
窓を開くと、コロは素直に部屋に入りました。
子猫相手に吠えもせず、うなりもせず、Mさんや小学生3人という、普段見慣れない人たちがいても、ちゃんと落ち着いた態度だったコロです。
きっとたくさん褒めてほしかったのでしょう。
ここまでありがとうございました。(*^-^*)