負けず嫌いと勝ち好き

俺は負けず嫌いな人間が好きじゃない。
はっきり言って面倒臭いから。笑

冒頭からこんな書き出しをすると若干、乱暴な感じは否めないが
事実だから仕方がない。

「負けず嫌いは負けることを根本としている」

 
負けず嫌いの人間は基本的に「負けちゃいけない!」という強迫観念に似た心理を動機としている・・・(既に面倒くさい)。
負けず嫌いの人間はやたらとライバル心を張りたがる。
俺から言わせればどうでも良いことについても張り合いたがる。
俺は人間同士の優越になんてはっきり言って丸で興味がない。
所詮はどんぐりの背比べ。
どこまで行っても自分より上の人間はいるし、かと言って下の人間もいる。
とは言え上が正しいわけでもなければ下が間違っている訳でもない。
生き方、在り方に基準なんてないわけで当の本人が満足しているならそれで良い。

だが、人と自分を比べることでしか自分の存在意義を見いだせない人が世の中には存在する。誰かに勝ってないと自分の存在意義、アイデンティティが維持できない人が事実として存在する。
概してそういう人たちはプライドが高い。
面倒臭いくらいにプライドが高い。
概してそういう人たちは負けず嫌いが多い。というか大半が負けず嫌いだ。
だから負けず嫌いが嫌いなの。
はっきり言って面倒くさい。笑

おそらく彼らも親から他者と自分を比べるように躾けられたのだと思う。
もはや躾というよりも強迫観念と言っても良い。
そういう観念を元に自己のアイデンティティを形成しようとする人の98%が自分と他人を比べたがる。

「自分は自分でいれば良いだけなのに、やたらと人と自分を比べたがる。」


そういう人は自分より優れている人を見ると、その人の悪いところを探したがる。アラ、過去のこと、何でも良い。とにかくその人を攻撃できる要素を探したがる。言わずもがな世に言う荒らしというのは大抵がそういう人たちだ。

「かくいう自分もそうだったから分かる。」


本当は好きなのに、その人が自分より優れているという理由だけでその人を攻撃する要素を探したくなる。もはや病気だったとさえ思う。
悲しいかな、世の中には未だにそういう人たちが5万といる。
かつては自分もそうだったから分かる。
人は人、自分は自分というボーダーがわからない境界性人格障害とも言える人たちがこの世の中には溢れている。
彼らが悪いわけではない。こんな腐った世の中に生きてたら誰だってそうなる可能性はある。自分自身そうだったからわかる。

でもそこから抜け出して、自由な自分を受け入れられるようになると世界は変わる。

自分よりも優れている人を素直に称賛できるようになる。
他者と自分を比べて攻撃できる要素を探す、そんなことをしなくなるから素直に相手の優れている所から学べるようになる。

自分の価値観に従って生きれるようになる。


その人にはその人の価値観がある。
自分には自分の価値観がある。
ただそれを認識するだけで他者の価値観を肯定できるようになる。
なによりも自分は自分の価値観に従って生きればいい、ということがわかるようになる。
自分の価値観を人に押し付けようなんて思わなくなる。
共感してくれるなら嬉しけど、それよりも相手の価値観を尊重することが何よりも大事であることがわかるようになる。

生き方や考え方は人それぞれでいい。


もし、俺の考え方や感じ方の方が生きていて心地が良いと感じてくれたなら真似するなり、採用してくれればいい。
けれどもそれ以外に自分自身が心地良いという考え方や概念があるならばそれを採用すればいい。

「批判は必要ない」

俺の考え方が気に食わない人もいると思う。
でもそれはそれでいい。
それはそれで良いのだけれど「気に食わないから批判する」ような暇がもしあるならば、その時間を使って自分が好きな考え方や概念を表現することの方がその人にとってよっぽど有益な時間だと俺は思う。
いくらでも批判してくれて良いし、叩いてくれも良い。
でも同じ時間があるならば嫌いなことを表現するよりも自分が好きなことを語る時間に費やした方が幸せだ、と俺は思う。

前にも話したが

「何が嫌いかではなく、何が好きかで自分を語れよ」

この言葉に人生は集約されている。
嫌いなことを語る時間があるなら好きなことや理想や夢や希望を語ろうぜ。
俺はそういうやつが好きだ。
文句や愚痴や不満や不安はなんの肥やしにもなりはしない。

って書いたところでタイトルを見返して思った。
勝ち好きについて何も語ってない。笑

勝ち好きっていうのは・・・なんだ?
負け好きってことでもある。(?)
俺は負かされることも大好きだ。
言うならば孫悟空だ。
自分より優れている人と会うとそれだけでワクワクする。笑
冗談抜きで本当にワクワクする♪

勝った負けたなんて本当にくだらない話で、誰かに比べて優れているところもあれば劣っているところもある、それが人間だ。
だから必ず自分よりも優れている人が世の中には存在する。
それを認められないのがある種の負けず嫌いだと言える。

孫悟空はそれをよくわかっている。
だから自分より強い相手がいることをよく知っているし、そういう存在こそが自分を高めてくれるということを誰よりも知っているから彼は自分よりも強い存在との出会いに対してワクワクをする。
言うなれば俺もそう。
だから負けず嫌いなんて発動しない。
自分よりも優れた存在にただただ尊敬の念をいだき、学びたいとしか思わない。そしてただ「勝ちたい」と思う。勝りたいと願う。

「俺は負けてない。」ということを無理して肯定するための思考を巡らせることもない。だいたい負けてるから。わら
(世の中、自分よりすごい人しかいないからね。笑)

話を戻すとこういう心理を負けず嫌いは理解できない。
だから面倒くさい。笑

俺は人生の90%が失敗だったと話している。
誇張ではなく実際に90%以上が失敗だった。笑
でもそれは人生の90%を挑戦に費やしてきた、という意味でもある。
だから失敗や敗北なんて息を吸って吐くかのごとく数多経験をしてる。
それが良い意味で俺のくだらないプライドを砕いてくれた。

だから失敗って大事なんだ。
くだらないプライドや自尊心を打ち砕くために失敗は大事なんだよ。
今になってわかる。
下積みが無く成功した人間はそれがわからない。
万能感に浸り、遊んで、結果身を滅ぼす。

どこまで行っても所詮は自分も人間。
凄くも無ければ偉くもない。
みーんな一緒。
勝つも負けるもないのよ。
競争観念なんてものはね、競争社会の家畜にされるために義務教育の過程で植え付けられた強迫観念でしかないのよ。
そんなものに頼って生きて、心地良いわけないでしょ?

比べるなんて無駄。
ただひたすらに自分である。
そうすれば誰にも負けないし、誰にでも負けられる自分になる。
そのほうが生きてて気持ちがいい。

心地よさこそが最適解だる。
今の俺はただただそう思う。
そう思うと負けず嫌いだのなんだのは心地が良くない。
だから俺は負けず嫌いな人を嫌厭するし、そういう人とは積極的に距離を置く。
気持ちが良くないからね。

そういう自分も若い頃は負けず嫌いで尖りまくってなのによく言うよな。笑
実るほど頭を垂れる稲穂かな、とはよう言ったものですね♪

結論、負けず嫌いより素直に自分の負けや弱さを認められる人のほうが成長する!ってことで締めたいと思います♪

それではおやすみなさい♪

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