見出し画像

ふんちゃんは、一年生


 1、あたし、ふんちゃん

「あたし、ふんちゃん!」
ふんちゃんがいったとたん、ワーッと、一年一組の教室にかんせいがあがりました。
 入学式でかたくなっていたみんなの顔に、やっと えがおがうかびました。
「大山みつよです」
「山本さとるです」
 みんな 小さなこえで はずかしそうに、じぶんのなまえをつぶやいていました。ふんちゃんだけです。あんなにげんきよく、「あたし、ふんちゃん!」と、さけんだのは。
 教室のうしろで、こどもたちとおんなじように きんちょうしていたおかあさんたちも、ドッとわらいごえをあげました。そのなかで、ひとりだけ あかいかおをして下をむいたのが、ふんちゃんのママです。
「おかもとさん、おかもとふみこですって いいなおしましょうね」
 みやけ先生が、あわてて ちゅういをしました。
 あわてたふんちゃんは、おもわず 
「おかもとふんちゃん、です!」と、いってしまいました。
 みんなは、おおよろこび。
 こえをあげて わらっています。そのおかげで、ふんちゃんの となりのせきの男の子は、
「小学校ってたのしいな」とおもいました。
 学校からのかえりみち、ふんちゃんは、ママにしかられました。いいえ、おうちにかえってからも、ママのごきげんはなおりません。
「おい、もうよせよ。しかたないよな。ふんちゃんに ふみこってなまえがあること、パパだって わすれてたくらいだからな」
 パパはわらいながらいいました。
 そのよる、ふんちゃんは、あたらしいおともだちのことがきになって、なかなかねむれません。
 ふじさわ あさこ というおんなの子は、ふんちゃんにまけないくらい先生を おどろかしました。なまえをよばれても、おへんじをしなかったのです。ただ じっと、石のように からだをかたくして、じぶんのせきに すわっていました。やっと、かたまでとどいた みつあみが、ながい まつげのおんなの子に とても よくにあっていました。
 ふんちゃんは、あした 学校にいったら、あの子と おともだちになりたいな……と、おもいました。おもったとたん、ふあっと小さな あくびをしてねむってしまいました。

 2、おさげのあの子

 つぎの日。ふんちゃんが、一組の教室に はいっていくと、
「あたし、ふんちゃん!」
 きのうのふんちゃんのまねをして、おとこの子がさけびました。
 あっちにひとり、こっちにひとり、バラバラにたっていたみんなが、いっせいにふんちゃんをみつめました。おかっばあたまに、だいだいいろのかみどめをパチンと、とめたおんなの子が、なきだすか、それとも おこってケンカになるか…、みんなは、じっとみています。
「おはよう。あたしが ふんちゃんよ。きみはなんていうの?」
 ふんちゃんは、いたずらっこの おとこの子をみつめました。
 ふんちゃんを からかったはずのおとこの子は、どぎまぎして、おもいっきり ながいしたをだしてにげていってしまいました。
「あの子、ゴロウ。だから、ゴロくんってよぶといいよ」
 よその幼稚園からきたおんなの子が わらいながらいいました。そして
「わたしは、みくちゃん」
 ショートカットのかみをゆらして じこしょうかいをしてくれました。
 それからは、
「わたし、みっちゃん」
「ぼく、けんと」
「ぼくはね、そらくんっていうんだ」
 ふんちゃんの となりのせきの男の子もいいました。
 みやけ先生が教室にはいってくるまでに、一年一組、みやけ学級のほんとうの じこしょうかいは、おわっていました。いいえ、あの子だけ、おさげとながいまつげの おんなの子だけは、まだ だれとも口をきいてはいませんでした。


 その日のかえりみち、ふんちゃんが校門をでると、おさげのあの子が すぐまえをあるいていました。
「ちょっとまって」と、こえをかけたふんちゃんを その子は、なにもいわずにみつめました。ながいまつげのおくの目は、びっくりするほど すんでいました。
 あれれ……と、ふんちゃんは、おもいました。このこ、話ができないのかもしれないと、おもいました。耳もきこえないのかもしれないとおもいました。
「ま、た、あ、し、た」
 ひとことひとこと はっきりと口をうごかしていいました。その子は、ほんのすこし わらいたそうな顔をしました。でも、またすぐに おすましのかおにもどってしまいました。
(へんなこ…)
 ふんちゃんは、おもいました。
(いいもん、おともだちは、いっぱいいるんだもーん)
 ふんちゃんはこころのなかで、さけぶと、ランドセルをカタカタとならしてかけだしました。
 
 3、一組のゆうめいじん
 
 ふんちゃんのおうちのちかくにある公園のさくらが、ちりはじめました。ここのおいけのはくちょうは、さくらの花がだいすきです。風にのって ひとひら ふたひら とんでくる花びらをパクッとたべてしまいます。
「よっぽど、おなかがすいてるのねぇ」
 ママがいいました。
 ふんちゃんのとなりで、いけのなかをのぞきこんでいたパパが、
「ちがうよ。春はエサより さくらの花をたべたいときなんだ」
 じぶんも、さくらの花びらをたべたそうにのどをならしました。
(あした、学校にいったら、みんなにおしえてあげよう)
ふんちゃんは、春のかぜをあびながらおもってました。
 となりのせきのけんとくん、いたずらばかりしている ゴロくん、おはなのすきな みくちゃん、……みんな、ふんちゃんのともだちです。でも、ふじさわ あさこという おんなのこ。そう、あのおさげのおんなのこだけは、ふんちゃんの ともだちにはなってくれませんでした。
 ふんちゃんは、校門をでたところで、いつも こえをかけます。学校のなかでは、みんなの目がきになって、はなしかけられないのです。あの子が しゃべらないのは、もう ゆうめいで、ほかのクラスからも みにくるくらいでした。そんなとき、ふんちゃんは、「どうぶつえんじゃ ないんだぞー!」と、さけびたくなります。
 でも、そんなことをいえば いっそう あの子が とおくなりそうで、なにも いえない ふんちゃんでした。だから、そのかわりに、いつも おもいきり にらみつけてやります。一組のおさげちゃんを、よそのクラスの子に わらわれてはなりません。しゃべらないおさげちゃんと、気のつよいふんちゃんは、一年一組のゆうめいじんでした。


 五月のある日のことでした。
 学校にいこうとしたふんちゃんは
「ふんちゃんも、一年生らしくなったわね。もういっかげつも たったんだもんねー」と、ママにランドセルをポンとたたかれました。
(いっかげつ…)
ということは、ふんちゃんは、そのあいだ ずっと「あたし、ふんちゃん。いっしょにかえろ」をくりかえしていたことになります。
 やーめた、と、ふんちゃんはおもいました。
 おさげちゃんがおどろいたのは、さいしょの日だけでした。つぎの日から、ふんちゃんがいくら はなしかけても、しらんかおで あるいていきます。
(もう、おさげちゃんなんか しらない!)
 そのとき、ふんちゃんは おもいました。
 それなのに、その日のかえりみち、おさげちゃんをおいこそうとした ふんちゃんの足は、ふんちゃんのおもいをよそに、ピタリととまってしまいました。
 ふんちゃんのまえに、おさげちゃんのせなかが ありました。このひと月のあいだに、みつあみものびて きれいな おさげになっています。
 おさげちゃんのせなかは、こえをかけて もらいたそうにみえます。そんなはずは ありません。
(でも、もういっかいだけ)と、ふんちゃんは、おもいました。
(ほんとに あといっかいだけ…)と、じぶんに いいきかせました。
そして、
「またあした、あそぼうね!」
 うたうようにいうと、ふんちゃんはかけだしました。
(さよなら、おさげちゃん…)
 ふんちゃんのむねのなかで、おおなみこなみが ゆれました。
 パンやさん、ぶんぼうぐやさん、
 もうすぐ おおどおりの あかいポストが みえてきます。そのときです。
「ふんちゃん、まって…」
 そらみみでしょうか、ふんちゃんにはたしかにきこえました。
 五月のかぜのような ほそく すきとうったこえが。
 びっくりして ふりかえった ふんちゃんのまえに、おいかけてきた あの子が、たっていました。そして、ふんちゃんは、きいたのです。おさげちゃんのこえをー。
「あたし、あっちゃん。あさこだから、あっちゃんっていうの」
 ふんちゃんのむねのなかで、おさげちゃんのことばが、やまびこのようにこだましました。まるで金魚のように、ポカンと口をあけて たっていたふんちゃんは、つぎのしゅんかん、「わーっ!」と、おおごえをあげて なきだしてしまいました。
 こらえにこらえていた ひとつきぶんのなみだが、おさげちゃんのこえを きいたとたん、せきをきって ながれだしたのでしょうか。小さなこどものように なきじゃくるふんちゃんを、おさげちゃんのあっちゃんが、ポカンとみつめていました。
 おうちでは おしゃべりな あっちゃんが、学校では 石のようにだまっていたのは、学校へいくよりも おうちにいるほうが たのしかったからです。
 おうちには、やさしいおばあちゃんとママとネコのみーがいます。なぜ あっちゃんだけが 学校にいかなければいけないのか わからなかったのです。
 そんなおもいが あっちゃんをじぶんのからのなかにとじこめていたのでしょう。ふんちゃんが、あっちゃんの かたいこころを ひらくまでー。
 ふんちゃんとあっちゃんは、その日から一年一組で いちばんのなかよしになりました。いいえ、もしかしたら わかばだい小学校でいちばん なかよしの ともだちかもしれません。

                              おわり


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?