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料理に添える言葉

(「吉兆味ばなし」/湯木貞一、暮らしの手帖社)

 手放すことになる本を最後にめくり写真に残す。4年か5年くらい前に気に入ってからは、読書会へ持っていったり、贈り物にしたりして、たくさん人目に触れるようにしてきたことを思い出す。何度も読み返すうちに表紙がやわらかくなった。使い込んだ皮みたく見える。

「お客様に出す時の言葉で味わいが変わる」と教えて頂いたのは、初めてアルバイトで入ったお店でのこと。何年か経って、この本の中で見つけた、春の味を「あっさりして夢みたいな味」という言葉に惹かれて、何度も口にしていた。栄養という括りでは捉えられない力を感じて、心がざわついてしまう。

 おいしさは心の栄養と捉えていて、食べることを続ける、生きる力になる。甘い味酸っぱい味、カリッとしたりふわっとしたり、最後に振りかける薬味やハーブは彩りや香りを纏わせる。言葉は目の前の料理には見えない過去や未来、物語や心を添える。近いところから遠いところまで世界を広げ、気分が変われば味わいが変わる。暮らしの中にも生きる、身近な技と思う。

 「本棚に置いて頂くにあたり、本の紹介を皆様の前で」とのことで、これまでのこの本との付き合い方をお話した。お一人お一人、本も一つ一つ、それぞれが育んできた物語が添えられて、次の持ち主を待つ姿は、静かに熱を帯びている、息をしている。植物のようだった。

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