お客さんを好きになってしまった話④
お店に来てくれた翌日、いつもの場所で待ち合わせしてカラオケに行った。
彼は学生時代バンドのボーカルをやっていただけあって、歌が上手い。
歌が上手い人が好きな私は彼とカラオケに行くことが好きだった。
音楽の趣味は正直あんまり合わないけれど、たまに私が好きなアーティストの曲を歌ってくれる事も嬉しかった。
「昨日は俺の後お客さん来たん?」
「うん来たよ」
「どんな人?」
「え?なんで?リピーターさんやけど」
「…その人と本番したん?」
「…してないよ」
「顔にしたって書いてある」
「してないってば」
「俺に抱かれた後に違う男とそういう事するのってどういう感覚なん?」
「…それは仕事だから…」
「仕事でも身体は感じたりするんやろ?……やっぱりもう無理かもしれん…」
さっきまで楽しかった空気が一気にお通夜状態に一変した。
時間が来てカラオケ屋を出た。
いつもなら駅の近くまで送ってくれるのに
「今日は帰る…」と、消え入りそうな声で言われてそのまま別れてしまった。
この時もう無理かもしれないな、と私も思った。
まぁそもそも相手は既婚者だしね、面倒な事態になる前に手を引くべきなのかもって自分に言い聞かせながら駅までの道を歩いた。
好きになった人が好きになってくれた、それだけで充分じゃないか、楽しかったな~って、この数ヶ月にも満たない日々を思い返していたらLINEが入った。
(やっぱりちゃんと話したい)
(橋の所で待ってる)
私は別れ話をするつもりで向かった。
「ごめん呼び出して、このままだったら別れる事になりそうだったから…」
「うん…」
「優はどうしたい?」
「…もう耐えられないんでしょう?それなら別れるしかないと思う、別れようか…」
「こうだからこうするべきとかそういう事じゃなくて、優はどうしたい?俺は1番は優を買い取りたい。お金なら出す。いくらで辞めてくれる?」
「……そんなの分からない。自分で自分に値段なんて付けられないよ」
「それが無理なら俺はリピーターさんに戻りたい」
「……来るな、とは言えないけど、別れるならお店にも来ないで欲しい。ここまで来たら普通にお客さんとしてはどうしても見れない、辛くなる」
「嫌ならNG出せばいい」
「そんな事はしたくない、自主的に来ないで欲しい」
「じゃあ買い取りは?お金以外に働く理由あるの?ないならよくない?」
「………いくら出すつもりなん?」
「優の1ヶ月分の稼ぎ×3年分、まとめて出すよ」
「え?正気!?」
「思いっきり正気やし本気、お金でこの問題が片付くなら出す」
「………分かった、もう少しだけ考えさせて」
そしてこの日は別れた。
帰宅したらLINEが入っていた。
(口座番号教えてください)
(本当に後悔しない?私は例え仕事辞めても自分の趣味とかはやめたりしたくないから、そのうち俺の金で遊びやがって!とか思うかもしれないよ?)
(優の好きにして下さい)
(後から金を返せとかは絶対に言いません)
(分かった、とりあえずまた明後日話そう)
(今日は口座教えてくれへんの?)
(いいけど、そんなすぐに振り込んだりしないよね?)
(振り込むよ、じゃないと聞かない)
(とにかく今すぐ辞めて欲しいから)
(辞めるからってお客さんとお別れの挨拶もして欲しくないし、連絡先も消して欲しい)
(それが俺が思ってること)
(分かったよ、とりあえず明後日ね)
(何回話し合っても俺の考えは変わらないから)
買い取りの話は以前から言われていたけど、ここまで本気だとは思っていなかったし、金額にもびっくりしてしまった。
私は一応常にお店のランキング5位以内には入っているぐらいには稼いでいる。
3年分というのは、最低でもあと3年はこの仕事続けたいな~と常日頃からお客様には公言しているから、そこを考えてくれたんだろう。
さすがにここまで考えて言ってくれるならば、揺れてしまう。
辞めようか。
でも待って、彼は既婚者だし、結婚して一生責任とってくれる訳じゃないんだよ?
それでもいいの?仕事辞めちゃって?
不倫だから奥様にバレて訴えられる可能性もあるよ?
でもどちらせよ身体を売るなら、不特定多数に売るよりも1人に売る方がいいんじゃないか?
しかも相手は本当に好きで好きでたまらない人だし、そんな人がお金を出してくれるなんてありえない奇跡では?
と、ぐるぐるぐるぐる考えた。
そして翌々日、再び話し合いが始まる。
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