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鍋が流行っている

 2~3人前の土鍋が欲しくて、調理器具売り場を通ると目を凝らしていた。しかしどうしても必要なわけではない。だって新婚時代に義両親から買ってもらった立派な土鍋を持っている。それが立派過ぎて大きくて重いので、安易に使用できなくて収納棚の肥やしになっていた。勿体ないことだが仕方がない。どうしても使いづらい。
 しかし冬なので温かいものが食べたい。嚥下すると食道を通って胃に収まっていくのが分かるような、そんな熱さを身に染み渡らせたい。炒め物でも揚げ物でなく、淀みなく入る汁物がいい。そのために気軽に使える鍋が必要だった。面倒臭がりでも臆することなく使える適切なサイズ感の軽いもの。
 積極的に探していたわけではないが、季節商品として土鍋は店のよく見える位置に陳列されていた。その日も、ある店で何気なく土鍋の姿を確認するべく立ち止まった。
 白というかクリーム色というか、何だか明るく可愛らしい色味。そして大きすぎず小さすぎないサイズ。持ってみると想像していたよりはるかに軽い。これは土ものの手触りじゃない。箱を見るとアルミと書いてある。そしてセラミック加工だそうだ。ぴんとこなかったがとても惹かれる商品に出会ってしまった。価格も20パーセントオフで2000円程度。試しに買って失敗しても、財布はそう痛くはない。
 最後に、何種類かあるサイズを吟味して、やはり最初に発掘した2~3人用のものを手に取った。支払いが済んで両手に抱えるとやはり軽い。その軽さに心が躍り、足早に帰路についた。
 それから本日まで毎日鍋を食べている。
 まだ冒険した味付けはしていないものの、具材からうまみがたっぷりと出たシンプルなつゆは、心も体も温め、安心感を与えてくれる。熱々を頬張ったときの至福。素晴らしい。
 何でもいいから肉や野菜を適当に切って、豆腐や練り物を気分のままに選んで、ぐつぐつしている液体の中にぶっ込む。後は蓋をして暫し待つ。その間に手軽にできるものを一品作ってもいい。これで立派な食卓の出来上がりだ。
 具材も旨い。つゆも旨い。湯気すら旨い気がする。ということは部屋全体が幸せの味で埋め尽くされている。
 しかし今のところ一つだけ問題がある。
 それは作り過ぎることだ。野菜はかさが減るから、と多めに用意するのだが、それが思ったよりも縮まらず、腹を膨らませる。食べ終える頃には胃には余裕がなくなり、鍋の醍醐味、締めの一品まで届かなくなるのだ。悔しい。鍋を最後まで楽しみたいのに。毎度この件だけが悔やまれる。
 この鍋のお陰で夕食を作るのが苦ではなくなった。切ってぶっ込めばいいという単純作業は、私の料理へのハードルを下げてくれた。これからも毎日鍋料理に頼る気満々で、コンロの上に常備されている程である。洗うのも楽だし本当に手軽だ。
 手軽は大事だ。土ものの味のある佇まいや、あるだけで漂う季節感には多大なる魅力を感じるが、置物になってしまっては元も子もない。家族も満足しているようだし、飽きるまではすべてが可愛らしいこの鍋に頼ろうと思う。

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